ドリアン


松山市平和通

耳鼻咽喉科

末光清貞


 果物の王様といわれるドリアンがどうしても食べたい、というK先生のリクエストで、我々一行をのせた車はクアラルンプール市内の、中国人街の中の一角の屋台の立ち並ぶ町並みの中へ入って行った。

 台湾や香港で見る屋台街と同じで、既に暮れかけた濃紺の南国の空の下、スコールの過ぎ去ったあとのムンムンとした熱気の中で人々が屋台の周辺に群がり食事をしている。
赤や黄色の派手な服を売る屋台、そしてバッグやミュージックカセットを山のように積み上げた屋台が立ち並んでいる。
そんな大通りから少し小さな通りへ入ったところに目的の果物を売る屋台の列はあった。

 車を乗り付けて降り立つと、我々異邦人に対しての視線が感じられる。
果物の甘い香りでもするのかなとクンクンと臭ってみたが、その期待は破られ、どぶのすえた臭いと香辛料の臭いがしただけだった。
我々一行はまっすぐドリアンを山積みにしている屋台へむかう。

 一人H先生の姿が見えない。
後ろを向くと先生はドリアンではなくマンゴーの屋台で、何やら店の主人とかけあっている。
そういえばH先生は東南アジアへ来ると、いつも飲むのはビールか、そうでなければマンゴージュース。
ハワイへ行けばグアバジュースだそうで、この2つが何よりも旅行の楽しみなのだそうだ。

 一方のドリアンを目指す残りの面々は、既に店主にいいのを選んでもらっていて、その店主が大きな手なたでまさにドリアンを2つに割らんとするところであった。
手慣れた手付で、2つに割られたドリアンはさらにもう2つに割られれて、屋台の前の少し傾いた簡単なテーブルの上に無造作にならべられた。

 全員の目がその割られた断面へ一斉に注がれる。
何かの本には黄金の色をした、と書いてあったが、そこにあるのは黄色い、ベタッとした実がはりついている。

 果物の王様と言われながら、その特異なる臭いのために敬遠もされ、そしてほとんどの果物が日本に輸入されている現在でもまだ日本ではお目にかかれない、幻の果物がそこにあった。

 真っ先に言い出しっぺのK先生が手をつける。
口をもぐもぐさせながら、これは旨い、の一言。
さすがに果物に目がないK先生である。

 K先生はいつも東南アジアへ旅行すると、その土地の果物を捜して歩く。
そして街頭で、またホテルの部屋でわけの分からない果物をいつも食べている。

 一方の私はといえばK先生とは正反対に果物大嫌い人間なのである。

 ドリアンを目の前にしてまだ手を出す勇気がわいてこない。

 マンゴーを買っていたH先生もやってきて、ドリアンを口にして、これはおいしいじゃないですか。

 既にK先生は一房を食べ終え、4分の1に割られた他の房の実を探りだしている。

 強烈な臭いがするはずだが、目の前1メートルに現物があるのに何も臭わない。これは鼻の前に持ってきて、その臭いを確認する前に食べてしまった方が利口だな考え、勇気を振り絞って口にしてみる。

 うん? 何も味がない。

 何回かかむと味がしてきた。
たしかに風味のある甘い味だ。
バナナと同じ様な、いやまったくバナナとも違った、奥の深い味覚である。
比較的淡泊な味でもある。
もう一口食べてみる。結構おいしい。

 しかしやはりその香りの方も確かめてみる必要もある。
その黄色い実を鼻の前にもって行ってみた。

 これは確かに強烈だ。
水洗ではないトイレの、それもかなり時間のたった臭いである。

 後で分かったことだが、香港のネーザンロードから少し横へ入った、ホリデーインの横の果物街でも同じ臭いが充満していた。
トイレかどぶの臭いだと思っていたのだが、実はこの臭いドリアンの臭いだったのである。

 もうこの臭いをかいだ後は、とてもじゃないが果物大嫌い人間の私には食べることはできない。

 K先生が店主に20ドル(約1100円)支払った。
たぶん日本人値段で現地人の2倍くらいの値段だろう。

 車に戻ってホテルへむかう。
車の中で口の中がドリアンの臭いで臭い。

 あの味は魅力だが、やはり私にはこの臭いは我慢できないと実感した。

 クアラルンプールで2日間。
ゴルフをして、ゲンティングハイランドでカジノへも行った。

 短い滞在を終え、一行の内4人は今夜の飛行機で成田へ帰る。

 H先生と私の2人は、明日の飛行機で香港へ。
H先生は乗継ぎで大阪へ。
そして私は香港でもう1泊して、大好きなスターフェリーに乗る。

 それで今年の短いゴールデンウィークは終わりだ。