音楽をする喜び
四季録


 好きな音楽を続けていたら仕事になっていた。私が携わっている仕事は指導、編曲、プロデュースなどいろいろあるが、やはり演奏している時が一番楽しい。
 演奏していて何とも言えない満たされた気持ちになることがある。「音楽の神様がやって来た」感じだ。この感じを、ごくたまにではあるが、得られるので今日まで続けているのだと思う。
 音楽の神様がやってくる状況は2通りある。1つは、共演者からの刺激に引き出されて今までの自分以上の演奏が出来たとき。もう1つは、聴いている人の反応が素晴らしくて演奏者と聴き手が1つになったとき。
 先月、県文メインホールに児雷也のメンバーとして出演した。その舞台で後者の状況が起こった。県下全域の知的障害者施設が集まった「福祉のつどい演芸大会」のステージだった。私は手慣れたごく普通の仕事の心持ちだった。幕が開き1曲演奏後、のぶさん(上隅信雄)が 「こんにちは。」と呼びかけると、3千人の「こんにちはー!!」が返ってきた。その時、神様がやって来たのかもしれない。その弾んだ声は私の心にドーンと響き胸が熱くなった。そこにはただ3千人がいるのではなく、じっと聴き入る一人ひとりがいるのを感じたのである。舞台の上にいる全員が感じたに違いない。演奏が変わった。
 いつもは少し気構えた感じののぶさんの おしゃべりは、息子の友達に話しかけるような口調で優しかった。「おじさんはねー、五十崎の出身です。僕にとっての五十崎を思って作った曲です。南予出身の方はもしかしたら同じような風景が思い出される かもしれません。」と語って歌った”ふるさと”。何度も演奏してきた曲だが、その日の”ふるさと”はいつもと違っていた。五十崎の山や川が目に浮かび、風を感じた。
 この時間を共に過ごすことを楽しむ喜び。音楽は仲介役。”上を向いて歩こう”の大合唱。そして会場一杯の子供達や子供達を懸命に支える親御さんやスタッフから送られる温かい拍手。こんな素晴らしい場にいる自分が幸せで、感謝の気持ちで一杯になった。音楽に携わっていてよかった、と心から思った。

栗田敬子 ジャズピアニスト