バリの音楽事情
四季録


 関空から七時間。夕方、デンパサールのングラ・ライ空港に着いた。そしてチカさんの待つサヌールのホテルへ。ホテルではチカさんとご主人のシンガーさんが迎えてくれた。チカさんのお母さんも来られていた。日本を代表するジャズシンガー、マーサ三宅である。
 早速コンサート会場の下見をした。会場は”グランド・バリ・ビーチ・ホテル”の十階にあるトップフロアー・ラウンジである。行ってみると、ジャカルタのミュージシャンがバンド演奏していた。彼らはキーボードを使っていてピアノがない。「ピアノはあるのだろうか?」ラウンジを見渡して隅っこに置いてあるグランドピアノを見つけた。「よかった!」それぞれの楽器やアンプも確かめてひと安心。コンサートは三日後だ。それまではバリを満喫しよう。そう思いながら眠りについた。
 コンサートの日、バリに来てからののんびりムードとは打って変わり、曲や進行の打ち合わせで朝から慌ただしかった。バリには調律師がいない。シンガーさんが調律ができる人を 探してきてくれた。調律はできた。「さあ」とピアノの大屋根を持ち上げると、それを支える突上棒がない。突上棒ははずれていて、ピアノの足下にころがっていた。思案に暮れていると、調律の彼が「これでいいじゃん」と、棒の根っこを側板に、先を大屋根の受皿で止めて開けちゃった。「ま、いいか」。
 音響設備を使うとき、それぞれの音作りをしたり、バランスを取ったりするオペレーターが普通はいるが、どうも見あたらない。「全部自分たちでするんだ」と気づくのに時間は掛からなかった。それからは各々が客席とステージを行ったり来たり。客席ではスピーカーからの音の出具合を、ステージでは自分への返りの音を確認。音響の音作りをしながらのリハーサルはなかなかの肉体労働である。試行錯誤の末、何とかコンサートの準備がととのった。
 ふと十階の大きな窓から下を見ると、海の色は透き通った紺色に変わっていた。リーフに寄せる波の白さが際立っている。夕暮れの海風に木々が涼しげに揺れている。コンサートの始まりが近づいているのを感じた。

栗田敬子  ジャズピアニスト