バリでの演奏
四季録


 いよいよコンサートの始まりだ。
 会場には東京からツアーを組んで来たチカさんのファンが四十人程と、ホテルに滞在中の外国人達がドレスアップして集まっていた。そしてバリの施設の子供達が招待されていた。
 チカさんは海外でもライブ活動をしている。英語を交えた軽妙なおしゃべりとノリのよいスイングでお客さんをリラックスさせ、優しさ溢れるバラードでみんなを包み込み、共演者を刺激するようなスリリングなスキャットで私達をも燃え上がらせた。バリならではのムードも手伝ってか、一緒に歌ったり、ダンスをしたりお客さんも目一杯楽しんでいた。チカさんに呼び出されて、マーサ三宅がステージに上がった。そして私のトリオで数曲歌った。その歌は母の子守歌を聞いているように心地よかった。
 コンサートの終わりに、寄付金が親のない子の施設の代表者に渡された。寄付金は封筒に入れられていたが、受け取った代表者は封筒から現金を取り出し、みんなの目の前で子供達の代表に手渡した。日本ではこういう場合は大抵のし袋などに入れて渡される。習慣の違いに驚いた。しかしながら、明解だなあ。
 「もう一曲!」。客席からのアンコールに応えてチカさんはルイ・アームストロングの名唱で知られる”この素晴らしき世界”を歌った。「♪木の緑や赤いバラが咲いているのを見て、私は思う。なんて素晴らしい世界だろう。青い空、白い雲、輝ける神聖な昼と清められた暗い夜に、私は思う。なんて素晴らしい世界だろう〜♪」なんでもかんでも賞賛している詩なのだが、作られた時代背景を考えると賞賛の意味が輝いて見える。「戦争か何かとても辛く苦しい時があり、それを乗り越えてやっと平穏な日々が戻ってきた。見るものすべてを素晴らしいと感じる。」生きていることの喜びがこの詩の中に表れている。バリでのコンサートでこの曲の良さを新たにした。演奏しながら、バリの美しい自然と子供達の顔を思い浮かべていた。子供達からの感謝の言葉と笑顔は私の心の中にずっと残るだろう。そしてこの曲を聞く度、思い出すだろう。

栗田敬子    ジャズピアニスト