スウィング・ジャズ
四季録


 クリスマスが終わると年末の慌ただしさがドッと押し寄せてくる。特にこの年末はミレニアムを迎えるにあたって「あれもこれもしておかなくては」という切迫感がある。こんな時聴きたくなるのが「スウィート・クリスマス・フォー・ラヴァーズ 」。日本を代表するクラリネット奏者藤家虹二のクリスマスCDだ。このCDのピアノは私なのです。
 ある時藤家さんが私が演奏していたジャズクラブに遊びに来られた。牧師をされていたお父さんが宇和島に赴任中に藤家さんが生まれ、三歳くらいまで宇和島で育った。お父さんの後を継いだお兄さんもつい最近まで松山の教会におられた。それでことさら愛媛に親しい藤家さんは、お仕事で来松の度、愛媛の松山でピアノを弾いている私にいろいろアドバイスをして下さった。
 藤家さんの演奏スタイルはスウィング・ジャズ。このスタイルは、不景気のドン底にあったアメリカが立ち直り始めた一九三〇年代に流行った。ビッグバンドでの演奏が主で、優雅で甘美な趣がある。私はジャズの魅力を退廃的で反体制なところに感じていたから興味がなかった。が、四国近辺での演奏の時には声を掛けていただき、何度か共演させていただく内、聴衆は美しいもの楽しいものに惹かれることを知った。お笑いの世界を見ると、バラエティ番組で巷の世間話をネタにアドリブで笑いを取るもの、笑いの哲学を追究し計算通りに笑わされるものとがある。スウィング・ジャズは後者にあたるだろう。ではビー・バップなどの即興演奏中心のスタイルは前者か?「ジャズはアドリブ(即興)」というけれど、それは必ずしも真理ではない。有名ジャズメンの即興演奏は緻密に練られしっかりと構成されている。藤家さんを通してスウィング・ジャズの楽しさを知り、またプロの演奏とはどういうものかも知った。
 九四年にCDの録音に誘っていただいたときは小躍りした。大手のレコード会社からの発売だし、ちゃんとしたレコーディングスタジオでの録音は初めて。各楽器別に小部屋に分かれて同時に演奏し録音する。後で修正できるにしてもその緊張感は大変なものだった。全曲録り終えて「お疲れ様でした」の声を聞くと同時に、へなへなと床に座り込んだ。
 賛美歌の中で幼少時代を過ごされた藤家さんが奏でるクリスマス・キャロルは優しい。慌ただしい時間にこのCDを聴くと何だかホッとする。毎日のストレスを解消してくれるようだ。クリスマス曲の譜面やCDを片づけながら、このCDだけは一年中そばに置いている。

栗田敬子  ジャズピアニスト