ブルーノート
四季録


 レッスンで「このフレーズにブルーノートを使うとジャズっぽくなるよ」とアドバイスしたとき、彼女は少し黙ってから恥ずかしそうに「ブルーノートって店の名前じゃなかったんですね」とつぶやいた。
 「ブルーノート」という名前のジャズ喫茶は全国に多い。松山にもあった。ロープウェイ街からちょっと入ったところの二階で、割合広い店内にカウンターだけのジャズ喫茶。学生の時よく通った。まっ黒い濃いコーヒーが懐かしい。
 有名なのはニューヨークのジャズスポット「ブルーノート」。一九八八年には東京の青山に進出し、連日海外の有名ジャズミュージシャンが出演している。飲んだり食べたりしながらニューヨークのブルーノートと同じ気分でライブを楽しめる人気のライブスポットだ。チャージが高いのでも有名。
 また、レコードレーベル「ブルーノート」はジャズ界最大で、数々の名盤を世に送り出している。八六年に「マウント・フジ・ジャズ・フェスティバル・ウィズ・ブルーノート」が開催された。山中湖にブルーノート・レーベルのスターが一堂に会したこのフェスティバルは、日本のジャズの大ニュースになった。
 このように「ブルーノート」はいろいろあるけれど、実は「長音階の第三、五、七音を半音下げた音」のこと。ジャズのルーツはブルース。奴隷としてアメリカに渡った黒人たちが、解放後の新たな苦しみを歌ったのがブルースだ。十九世紀半ばに生み出された音楽で、哀愁とけだるさと強靱な生命力を感じる。そのブルースに「ブルーノート」は不可欠な音。「黒人独特のコブシ」と言うとわかりやすいかな。ブルースのリフ(テーマ)やアドリブはもちろん、現在のポピュラー音楽のフレーズに大いに活用されている。
 高校生だった私が、ちょっと危険な匂いのする大人の世界をジャズに感じて惹かれたのも、「ブルーノート」のせいだったかもしれない。ジャズを始めてまず弾いたのはチャーリー・パーカー(AS)のブルースだった。とにかくブルーノートを弾けばアドリブは何とかなる。「ソのフラット、ソ、シのフラット」を繰り返し弾いてみた。「オー!ブルージー、これはジャズ!」。ジャズを体感した最初だった。

栗田敬子  ジャズピアニスト