蒲谷敏彦KOREA REPORT 続8月号  

KOREA REPORT (続8月号)

―― 食は全州にあり (前編) ――


 ソウル生活も30ヶ月となるとスリルとサスペンス、もちろんロマンもすっかりなくなり、マンネリ化のぬるま湯に浸かってしまったよう。韓国KBSの『のど自慢大会』も北朝鮮の平壌で収録したというし、私も正統KOREA REPORTの為にソウルを脱出して、全羅北道は全州へと小旅行に出かけました。

 

全州駅舎前にて


人口63万人の全州(チョンジュ)市は、韓国西南に位置する韓国一の穀倉地帯金万頃平野の中心地で、朝鮮王朝(1392年〜1910年)の全州李氏発祥の地であり、教育・文化・芸能の優れた伝統があります。昨年はサッカーW杯の開催都市のひとつにもなりました。ソウルから特急セマウル号に乗って、一時間窓外を眺め一時間読書をして一時間うつらうつらと汽車の旅を楽しんだ頃、中国の蘇州もこうかと思われるちょっと凝った建築の駅舎に到着しました。駅前で記念撮影をしたあと、早速タクシーを拾って全州ビビンパの本家本元『古宮(コグン)』本店に向かいました。

 

 無口でおっかなそうな運転手は、途中右に行けば動物園だとぶっきらぼうに一言言ったきり、黙って古宮本店前に車を着けました。もうお昼時には遅い時間ですが、店内はいっぱいで少し待たされました。ソウル一の繁華街明洞(ミョンドン)にも支店を置くこの店は、平壌冷麺、開城湯飯と並んで朝鮮3大料理のひとつ全州ビビンパ専門店(今年の5月には1000人分のビビンパを作ってギネスに挑戦?したそう)です。皆黒い石鍋トルソ・ビビンパか黄金色に輝く真鋳の器の伝統王様ビビンパを食べているようです。(ここでは圧倒的に王様ビビンパ派が多いようでした。) 私達も奮発して金色も眩い伝統ビビンパを注文しました。



これが本場の全州ビビンパ

 

夏場ですからキムチはあまり美味しくない(やはり寒い冬が美味しい)んですが、モヤシスープやフキの胡麻汁和えなど8つ出てきたおまけの惣菜もいい味出しています。もちろんモヤシ、生の栗、松の実、シイタケ、ゼンマイ、キキョウの根、卵の黄身、ズッキーニ、ほうれん草、銀杏、韓国風こんにゃく、ユッケなど20種類近くの材料とコチュジャンとごま油をご飯(パプ)と一緒に豪快にスプーンで混ぜる(ビビン)と、それはそれは美味しいビビン・パプになるのでした。本場のその味はビビンパの逆襲! なめんなよ! という感じ。

 

ホテルにチェックインして腹ごなしに市内を散策、ソウルの南大門と同じ形の豊南門や朝鮮王朝の租、李成桂を奉る慶基殿、韓式家屋保存地区などあちこち見物して王朝時代を偲びました。偲んで歩いてすっかりお腹も空いてきたので、ホテルのフロント女性に全州料理の粋を集めた宮廷韓定食のお店を尋ねたところ、『百番家』を教えてくれましたが、それよりも全州名物コンナムル・クッパ(もやし汁ご飯)がお薦めだと言います。

 

郷に入れば郷に従えの教えに従って、今夜の夕飯はコンナムル・クッパに決定。大衆食堂然とした『三百屋』は金曜の夜なので家族連れでいっぱいです。壁に掛かっているメニューを見るとコンナムル・クッパの下にもうひとつソンジ・クッパと書いてあります。ソンジとは何だ? 注文を取りにきたアジュマ(おばさん)に聞くのだけど要領を得ません。それは美味しいかと聞くと、美味しいか美味しくないかは本人の主観の問題だから私には判らない、などと食堂のアジュマらしくないことを言います。(ソウルだったら、美味しいからメニューに載せてるんだから食べてみなさいよ! となる) 面倒なのでコンナムルの方を二つ頼んで、これは本当に美味しいと聞いたモジュ(マッコリ(濁酒)に漢方薬剤と黒砂糖を入れて煮詰めた酒)も二杯注文しました。

 


コンナムル・クッパと目玉焼きとモジュ(右下)

 

大根キムチと白菜キムチ、牛肉の醤油煮、小海老の塩辛が付いてきたコンナムル・クッパには、何故か目玉焼きと小パック入りの海苔も付いてきました。クッパは肉系の出汁でなく煮干や昆布、海老などの魚介類から採っているそうで、独特のさっぱりした(もちろん唐辛子入りなので)辛さを出しています。汁の中には細いもやし、ネギ、ご飯、そしてここにもまた卵が入っています。モジュの方は、これは甘くてアルコール度も低い(ビールより低い?)ので家内がグビグビ飲ってます。これだけ食べて飲んで二人で1W(約千円)は安い! さすが大衆料理。

 

 翌日は当社全羅道メンテ責任者の権(クォン)次長が車で案内してくれるというので、お言葉に甘えて智里山(チリサン)に行きました。韓国の最高峰は済州島の漢拏山(1950m)だが、山容では慶尚南道、全羅北道、全羅南道にまたがり、天王峰(1915m)はじめ、1300m以上のピークがいくつも連なっている智里山が一番だという。動物も豊富でツキノワグマまで居るので、熊に遭ったときの対処法(韓国でも死んだふり)がポスターになっていました。

 

昨日は晴天だったのに今朝は重苦しい雲が山並みを覆って、灰色の霧が緑濃い山を駆け上がって行きます。車のフロントガラスにポツポツと来たと思っていたら、老姑壇(ノコダン)の登山道下の駐車場に車をとめた頃には、大風と大雨におまけに濃霧になってしまいました。ここから歩いて1時間で頂上ですが、やむなく暖かい韓国伝統茶で一服して、登山は諦めて智里山華厳寺に寄りました。


家内安全を祈る瓦寄進

 

韓国では仏教への迫害もあり現存するお寺はほとんど山寺ばかりですが、この華厳寺(ファオムサ)は1450年前に建てられた由緒ある大寺です。山門を登ってゆくと大雄殿や覚皇殿、石塔が山間に威容を誇っています。どのお堂でも仏像を前に僧が一日中読経をあげています。来年末に向けて新しいお堂を再建するそうで、瓦一枚1Wでお布施を募っていました。私達も住所氏名と『家内安全・健康・幸福』と祈願した瓦を寄進しました。

 

食の殿堂全州旅行はまだまだ続きますが、紙面の関係で今回はここまで、次回後編に続きます。

 

       ソウルより 蒲谷敏彦

             
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