蒲谷敏彦KOREA REPORT 続8月号  

KOREA REPORT (続8月号)

―― 食は全州にあり (後編) ――

 

 韓国南西部で、三国時代は百済の首都として栄えた1000年の歴史を持つ、全州(チョンジュ)食べ歩き紀行の後編です。といっても、智里山にも登れずウロウロしています。

 

生憎の天気でしたが、山の空気をいっぱい吸った加減か朝食を簡単に済ませたためか、お昼前には気持ちよくお腹が空いてきましたので山麓の山菜定食屋に権次長が連れて行ってくれました。ここは山菜田舎御膳で有名なお店で、KBSMBCなど韓国のTVで何回も紹介されたそうで、いやが上にも期待が高まります。アジュマが運んできた丸や四角のお皿は26枚を数え、ご飯は竹筒で蒸した山菜ご飯、テンジャンチゲ(韓国味噌汁)にお皿の上には各種山菜、焼き魚、豚肉の辛子和えなどで一品として同じもの、同じ味がなく期待を大いに上回るものでした。テナム・トントンジュという竹の香りのする地酒を飲む頃には、広い智里山の山容に抱かれながら、お腹の中にも智里山がゆったりと入ってくる気分でした。


おかず26皿の山菜田舎御膳(これで3人分)

 

家内は26皿ひとつも逃すまいと箸を揮っています。チジミ(韓国風お好み焼き)は私が2枚食べたので、彼女のが無くなったと非難されたように、昔は皿数も多い上にその量も半端でなかったのですが、最近は食べすぎの健康的問題もさることながら残飯が多いのも問題と、韓国でも一皿の量が随分減りました。よって種類は多いのですが、3人で全部平らげてしまいました。

スゴイ!

 

 午後は韓国版『ロミオとジュリエット』ともいうべき純愛物語の地、南原(ナムウォン)市を訪れました。韓国人なら誰でも知っている、『春香伝(チュニャンジョン)』というとパンソリにも芝居にも小説にもなり、現在ではオペラや映画でも定番になった有名なお話です。

 

李朝時代端午の日、南原府長官の息子、李夢龍(イ・モンニョン)と妓姓の娘、春香(チュニャン)二人が最初に出会うのが烏鵲橋(オジャクキョ)でも有名な南原の廣寒楼(クァンハル)で、彼女はチマチョゴリを風になびかせながら、ブランコを無心に漕いでいた。(韓国では端午の節句に女性がブランコ遊びをする。このブランコが大きく、高くて女性の遊びにしては少し危険!) 女性達の中でもひときわ美しい春香に、一目ぼれした夢龍が彼女を呼ぶように下男に命じると、春香は「雁は海を慕い、蝶は花を慕い、蟹は穴を慕う」という詩を残して去ってしまう。

 

直接会いに来いという彼女のメッセージを信じて、彼は深夜彼女の家を訪れる。そしてその夜、二人は百年の契を結ぶ。しかし幸せな日々は続かず、夢龍は父の昇進に伴いソウルへ転居することになり、身を引き裂かれるような思いで、二人は再会を誓い合った。時を経て、科挙試験に及第した夢龍は密命を受けて南原に戻ってくる。だが、春香は貞節を守り新しい長官のそば仕えを拒否したため、拷問の末に処刑を宣告されている。

果たして彼女の運命は? 二人の愛の行方は?

 

映画『風の丘を越えて〜西便制』のベテラン監督、イム・グォンテクが2000年に製作した『春香伝(2000)』はビデオになっているようですので、ご興味があれば是非ご覧ください。また、物語の舞台になった廣寒楼では、貸衣装を着て夢龍と春香の二人になりきれるというアベック相手の商売で賑わっています。

 

ということで夢龍と春香になってみた

 

夕方ホテルの部屋に戻ると、ニューヨークの大停電は依然、復旧もままならない様子でイラクの苦労を共感しているご様子。NHKのBS放送では高橋英樹主演の映画『宮本武蔵』を映っていて、お通役は松坂慶子でしたが、あけみ役の倍賞美津子の方が色っぽい。(佐々木小次郎役はなんと今は亡き田宮二郎氏)

家内はベッドでぐっすり寝ています。

 

さて、昼食の田舎御膳の26皿はどこに行ったのか? 時間が経てばお腹が空いてくるのはどうしてか? ねぇ母ちゃん。

夕食には全州料理の王様、やっぱり宮廷韓定食しかないね。

と、ホテルから歩いて繁華街にやって来ました。中央郵便局と全羅北道庁、警察署あたりにあるとフロント係りが教えてくれたのに、そんなお店はありません。韓国人に道を尋ねるときは3人に問えと言いますが...近くの雑貨屋のおばさんに聞くと、引っ越したと言います。

 

ブロック3つ行って右に曲がった中華街の中(『蘇州街』の扁額が掛かった大門もあり、華僑小学校もある本格的中華街で、全州料理が美味しいのはこの華僑の存在も関連があるのでしょうか? 全州はやはり中国蘇州と姉妹都市らしい。)、立派な店構えの3階建ての『百番家』がありました。前の駐車スペースにはこれまた立派な車ばかり停めてあります。随分儲けたんだろうなぁなどと思いながら、店に入って受付で予約は無いが食べさせてくれと言うと、さっきから予約の電話を断っている様子で今夜は満杯だと言われました。

 

ほとほと宮廷には縁が無いようで、しかたなくトボトボと来た道を帰って、中央郵便局近くの『ソーロータン』屋さんに入りました。ここはまた、家族連れやアベックで賑わっている老舗の食堂のようで、店先では大釜でしきりにソーロータンの白い牛肉スープを煮込んでいます。迷わずトルソ(石鍋)ソーロータンを注文すると、客の顔を見てから釜飯は焚くようで、キムチをあてにビールを飲み終えた頃、やっと出てきました。

 


トルソパプ(釜飯)とソーロータン

白いスープの中には牛肉とソーメンのような麺が入っています。好みに合わせて塩で味を調え、ネギも加えます。ソウルなどではこのソーロータンにコンギパプといって、ステンレスのお椀に入った白ご飯が付くだけですが、ここは全州、豆も入った石鍋で炊いた赤米五目釜飯が付いてきます。このまま食べても美味しいのですが、ここは韓国、ソーロータンのスープに直接釜飯を入れてネコマンマ風にするとこれは美味。時々キムチで舌に刺激を与えながら爽やかな牛肉スープを味わいます。

 

石鍋におこげがこびりついています。これ!と、石鍋を指差すとアジュマがヤカンを持ってやって来ます。お湯を注いでくれると、ヌルンジ(おこげ湯漬け)の出来上がりです。おこげの香ばしい香りも味わいながら、スプーンで頂きます。白い牛肉スープと赤い五目釜飯、最後はおこげ湯漬けと二度も三度も美味しい全州ソーロータンでした。

 

夜の全州の街を歩きます。写真屋さんが多いのはソウルも同じですが、下着の店が多いのが気になります。高級なブラジャーやパンティー、男性用のブリーフが照明に映えていますが、20mくらい歩く毎にまたそんな店が現れます。近代的な下着でお洒落をする余裕が出てきてまだ日が浅いのでしょうか? それとも、「雁は海を慕い、蝶は花を慕い、蟹は穴を慕う」の李朝時代からの伝統なのでしょうか? そんなことを考えながら、携帯電話のメールで会話をしながら肩で風切って行く現代の夢龍と春香達に道を譲るのでした。

 

翌朝はまたまた、ホテルのフロントのお勧めで全州ヘジャンク(解腸湯)を食べに出かけました。へジャンクは胃腸を解きほぐすというような意味で、お酒を飲みすぎた朝に食べる胃腸に優しいスープです。ソウルでは牛の血を塩で固めたものが入っていて、独特の臭いもします。初めての人には二日酔いが良くなるどころか、その場で吐きそう(失礼)になる代物です。私も10年前初めて天安工場の社員食堂でこれを昼食に食べた時、レバーにしては柔らかいし一体何かと後で聞いてオェー(失礼)っとなったものです。

 


全州ヘジャンク(下)とウジョクタン(牛軟骨スープ)

 

そんなことで恐る恐る注文した、全州ヘジャンクには牛の血は一滴も入っていません。普通の牛肉片とモヤシ、ネギが薄い味噌味で赤く(辛く)味付けされています。なあんだぁと白いご飯と日本の味噌汁の乗りでパクパク食べていると、今朝も曇りで少し肌寒いような天気なのに、汗がタラタラと噴出してきてせっかく先ほど着た洗いたての下着がびしょびしょになり、拭くハンカチは搾れるくらいに濡れてしまいました。恐るべし全州ヘジャンク、早朝サウナの効果があるようです。人は見かけによらぬもの、ヘジャンクも見かけで判断してはいけません。同じヘジャンクでも地方によって随分違うんだそうです。隣のテーブルではこのヘジャンクを食べながら、ソジュ(焼酎)で迎え酒しているおじいさんがいます。

 

全州ワールドカップ競技場を見学しました。収容人員42千人、街の特産品『合竹扇』を模した屋根の形の競技場は、そばを流れる川にも配慮した環境保全型スタジアムと聞きました。昨年のW杯ではスペインVSパラグアイ、ポルトガルVSポーランド、米国VSメキシコが覇を競った所ですが、兵どもの夢のあと今日は結婚博覧会場になって若いカップルで賑わっているのでした。

 


今は結婚博覧会で賑わう全州W杯スタジアム

 

そして、次は必ず智里山登頂と宮廷韓定食(韓国随一の韓定食は光州市の近くタミョンの韓定食で、70種類の料理が出てくるとか!)の完全制覇を祈して、食の殿堂全州を後にしたのでした。

 

さあ、皆さんも食欲の秋を前に紙上全州料理で満腹になって頂けたでしょうか? でも韓国旅行はあくまで食欲勝負(体調勝負)なのは、充分判って頂けたでしょう。

次回はいよいよアダルトな韓国の話だぁの心だぁ。

それではまた。

              ソウルより 蒲谷敏彦

             
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