蒲谷敏彦KOREA REPORT 11月号  

KOREA REPORT (11月号)

―― 韓国の最高峰へ ――

 

 京仁支社長の金理事が背広2枚を持って、先に行ってますと中華料理の宴会場に行きました。11月のソウルの夕暮れは暮れるのが早く、木枯らしが吹いたりすると少し肌寒いです。

『担保取られました』

本社営業の洪部長(ホン・ブジャン)が背広を取られたらしく、私と同道するようです。

 

『金理事のお子さんはまだ小さいでしょう。受験生を持つ親の苦労を知りませんよ』

洪部長の子供は高校3年と中学3年、ダブル受験です。高校生の娘さんは今年大学受験で、高麗大学環境学課の1次試験には通ったそうで、来週いよいよ2次試験だそうです。昨年は特機事業部の河部長(ハー・ブジャン)の娘さんが芸術大学受験で1年間大変でした。

 


秋の夕暮れ ソウル大学正門


何が大変かというと、今や受験戦争世界一の韓国は受験生の塾通いは当然ですが、夜の12時や2時に帰宅するそうで、その送り迎えは父親の仕事になるんだそうです。毎日仕事で疲れた親父は、お酒の付き合いを断って子供を塾に送って、それも数学、英語、国語と専門の違う塾をはしごするらしいので、ずっと深夜までアッシー君です。当社も受験生の父親がめっきり増えてきたので、夜のお付き合いの出席率が低下しました。そこで、カバンや背広を担保(人質)にして、先に宴会場に出発して無理やり来させるという戦法が取られています。

 

会社の駐車場に落ち葉が急に舞い散って、駐車場アジョシ(おじさん)が箒で掃き集める季節になりました。冬ももうそこまで来ている気配、皆様お変わりありませんか?

今年の市内紅葉見物はソウル大学に出かけてみました。ご存知のように、ソウル大学の前身は戦前の日本9帝国大学のひとつ京城帝国大学(1924年創立)で、戦後9つの大学を統合してソウル大学となりました。ソウル市の中心鐘路区にありましたが、青瓦台に近いこともあり学生運動盛んな頃、漢江の南、冠岳山(カナクサン)の麓に移転され、1975年から現在の広大なキャンパスになりました。旧帝大の名残はマロニエ公園(大きなマロニエの木が2本旧キャンパスにあったそうで、ソウル大生のカップルが恋を語っていたそうな)や大学路(テハンノ)という地名に見ることができます。

 

広い構内にはバスも通っていて、建物には番号が符ってあります。グラウンドではサッカーとアメフトの練習中。すっかり赤や黄色に紅葉した木々が夕日に輝いています。学生のカップルが肩寄せあってキャンパス内の小径を歩いて、父兄なんでしょうか、年配の人も沢山歩いています。まだまだ大学にはあと10年はかかりそうな少年少女も芝生の中で遊んでいます。正式にこのキャンパスに入るには、何年も睡眠時間を節約してあまたの塾で勉強して偏差値を上げなければなりませんが、ただ散策するにはとてもオープンな最高学府のようです。

 


合格祈願飴セット 合格祈願パンツの方がよかったかしら

 

来週の2次試験では、鉄で出来た殺風景で威厳の無い正門の前で、父兄や塾の先生が紙コップのコーヒーを配って受験生の健闘を祈るのでしょう。最近は受験大学に落ちないように合格祈願の飴セットが進物で売り出されています。父兄はその飴を志望大学の正門にくっつけるんだそうです。また、今日市内を歩いていたら、下着屋では合格祈願のパンツを売っていました。何でも合格祈願にする商魂逞しい韓国です。

 

韓国の最高学府はソウル大学ですが、山の最高峰は以前もお話しました、済州島の漢拏山(ハルラサン;1950m)です。先週の土曜日、紅葉見物(いやいや本当は仕事です)を兼ねて登ってみました。前日の話では、頂上付近では霧氷が見られた、今シーズン最初の雪が降った、最低気温は−2℃、いや−6℃だとか散々脅かされて、そもそも日帰りは素人には無理、まず運動靴ではダメと、わざわざ登山靴を出張鞄に入れて持って来たのでした。

 

漢拏山の中腹オリモク駐車場を出発する時には、済州島は初めてですか、水族館も植物園もあります、民族村もいいですよ、と並んで話しながら歩いていた、生産部の羅部長も大邱営業の朴部長もあっという間に先に行ってしまい見えなくなりました。二人は月に2回は山に登っている、当社でも指折りのクライマーだそうで、私は完全に置いてけぼりにされてしまったようです。

 

当社の宋社長も登山は毎週欠かさずにされている週末ハイカーですが、若い者のペースには合わないからと1時間程の散策登山コースに行かれました。こちらはこちらでその後大変な目(ゴミ運搬のヘリコプターが頭上でホバリングしたそうで、本当に吹き飛ばされそうで必死に木立にしがみついていたそうです。)に遭われたそうですが、私は延々と続く森林地帯の登山道を汗をたらたら流しながら、一人登り続けるのでした。

 

30分くらいすると、団体さんに追いつきました。何でもソウル近郊の農業協同組合の優秀社員研修旅行だそうで、バス4台に分乗して来た若者やアジュマ(おばさん)、アジョシ(おじさん)がヒーヒー言いながら楽しそうに登っています。手に手に水のペットボトルやミカン、きゅうり(をまるかじり)を持っていて、昨夜しこたま飲んだであろうソジュ(韓国焼酎)と今朝しこたま食べたであろうキムチと、汗の臭いがミックスされて登山道は吐きそうな(失礼)状況になっています。

 

途中でくたばって休む人や、おばさんを抱えた若いしや、カチカジャー(一緒に行きましょう;待っての意味)と叫ぶお嬢さんたちを掻き分け掻き分け、誰かが吹く景気付けのホイッスルの音に合わせて、枕木で階段状に整備された登山道をヘナヘナになりながら、標高1400m地帯を私は一人登って行きました。

 

私も休み休み、ペットボトルの水を飲んでは暑くなってきたので、ウインドブレーカーを脱ぎフリースのベストを脱ぎ、ズボン下を脱ぎたいのですがこれは公衆の面前でどうにもならず、ペットボトルが軽くなる分、リュックに衣類が増えるのでした。登りが1時間を越えた頃、森林が途切れ見晴らしの良い平原になりました。熊笹が一面生えています。漢拏山が抱える脇の山々が見えてきました。と思うと、

『お疲れ様です』

羅部長と朴部長が山の湧き水場で休息を取っていました。

 


左は登山道、右にモノラック?

 

私が追いつくのをかれこれ待っていたようで、彼らの汗はすっかり引いているようです。お腹が空いたでしょうと、朴部長がりんごを渡してくれました。本当に空いていたので全部一人で食べてしまいしました。(皆に分けてあげた方がよかったかしら)

 

『中2の息子は身長が私と同じで、今日は息子のウインドブレーカーを借りてきました』

嬉しそうに紺の上着を指差す羅部長の脇をふと見ると、歩き易いように板張りの廊下のように整備された登山道に沿って、四角いパイプにぎざぎざの平歯を着けたどこかで見たようなレールが続いています。

 

一昔前松山のヨット界でもその名を知られた、愛媛県を代表するユニークな中小企業の米山工業さんは、モノラックの名称でミカン農家の労働を軽減する急傾斜地用単軌条運搬機を開発されて日本国内シェア−は70%以上だそうです。そのモノラックの類似品がこの漢拏山の登山道に並行して走っているのでした。山腹の山小屋には、太陽光発電設備や風力発電の風車が勢いよく廻っていますが、本田技研のエンジンの音も高らかに資材を乗せたモノラックが走って登って来ました。こんなところで、こんなモノに逢うのが人生ですよね。なんだかお互い思えば遠くへ来たもんだぁ〜

 

幸か不幸か、標高1700mのこの山小屋から漢拏山頂上への登山道は整備中でクローズされていて、ここから尾根の向こうへ下りになります。例の如く朴部長は先に飛んでゆきました。私はゆっくりゆっくり登山靴で、一歩一歩確かめるように急な岩道を降りてゆきました。10年近く前、宋社長とソウル近郊の北漢山(プッカンサン)を登った帰り道で足首を思いっきり挫いてしまい、月曜日には2倍に腫れ、サンダルを履いた右足を引きずりながら出社しました。

 

見かねた南部長が昼休みに漢方医院に連れて行ってくれて、それから毎日日替わりで、針やお灸やガラス管で内出血の血を吸い出す治療(なんて言うんだ?)やら、赤外線ランプの温熱治療、漢方薬のシップやらをされて、治療費は健康保険(当時は外国人に健康保険がなかった)を使わなくても初診5000W(その当時700円くらい)でしたけど、事務員さん!(もちろん女性)の保険証を持たされて一週間通いました。

 

『どうして右足がこうなったか判りますか?』

『山で転びかけたから』

『いいえ、心の中に病の元があります。それを根本から治さないと、今度は左足がこうなります』

漢方医の先生はそう診断されるのですが、いろいろストレスのあったソウル駐在1年目の私には、そんな非科学的な事と一概に否定はできないのでした。

 

その後漢方薬のシップのお陰で足が紫色に染まってどうにか革靴は履けるようになりましたが、社内運動会の役員障害物競走には出場できず不戦敗になりました。今でも山登りの話題が出るたびに、宋社長にはその時のことをあることないこと言われています。一生言われると思います。

 


ソウル大学構内にて

 

今回は私も無事に下山し、麓の茶屋で4時間足らずの漢拏山登山を缶ビールで反省しながら、ソウル大学内の日本人留学生たちがどこかの国のように裸踊りなんかで除籍騒ぎになって、一生言われないようにと祈るのでした。

それでは次回また楽しいお話しましょう。それまで皆さんお元気で。

 

            ソウルより 蒲谷敏彦


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