2004 蒲谷敏KOREA REPORT 6月号  

KOREA REPORT (6月号)

―― 胃潰瘍にはいいかも? ――

 

 喉元過ぎれば熱さ忘れる とはよく言ったもので年金未納騒ぎも鳥インフルエンザも過去の話になりつつあります。SARSもテロもほとぼりが冷めて(というより流行が去って)、海外出張も解禁されたので韓国の当社にも日本からのお客さんが絶えません。2週続けて日本人のお客さんの相手をしていて、ずいぶんお疲れさんな私に京仁(ソウルの京城と仁川をテリトリーとする)支社の金理事が

『ヨンジュウゴ オッタクッ 食べに行きましょう』

『それは、11時45分から昼食にオタクを食べるということ?』

『そうです。代理店の金社長お薦めの鳥肉料理店に行きます』

『日本語でオタクといえば、自宅にこもって一心に何かしてる人のことをいうんですけどね』

『ウルチって知ってますか?』

『それって鶏の種類?』

『そうです』

『ウコッケイかなあ?』

 

車は金浦空港の向こう、緑深い山の中に入ってゆきます。

『20年間消化不良で悩んでいた私が2年前からこのオッタクッを食べだして、すっかり胃腸が丈夫になりました』

代理店の金社長は私が効用の証明だ、といい、金理事はこういう健康食品は気持ちの問題だからいいと思えばいいんですよ、と訳の分からない説明をして、車は山の中のオッタクッ専門食堂に到着しました。食堂の裏では鶏が飼われています。

 

食卓に着くといつもどおりにおまけのキムチや野菜サラダ、山菜のおひたし風なんかが出てきて、12時20分に予約していました、と言うとおり、ニジュップンちょうどにアルマイトの白い鍋に入った黒い骨付き鶏肉がガスコンロの上に置かれました。汁は黒茶色です。鶏肉以外は何もありません。本当にまれにあたる人がいるので毒消しの薬を飲みましょう、といって社長が青紫の錠剤を一粒づつ配ります。山の美味しい水で薬を飲むのですが、毒消し薬まで飲んで食べる健康食品とはいったい何なのか?期待に胸わき、冷や汗が出てきます。

 

まれにあたるとは何ですか? ほら、かぶれるでしょ ウルチは。かぶれるといえば...それはウルシのことですか? そう、漆です。ウルチ(シ)は日本語で、韓国語ではオッらしい。オッタクッはそうすると漆鶏のこと! ひぇ〜 日本では漆器の原料の漆を食べるんですか? そうです、鶏肉を漆の汁で煮て食べるんですよ。それで食前に薬まで飲んで...漆で胃腸の壁をコーティングするんです、という冗談とも本気ともつかない会話を聞きながら、恐る恐るスプーンで黒茶色のスープを飲んでみると、中学生時代に初めて米国のコカコーラなるものを飲んだ時の気分です。辛くも甘くもない、ほろ苦い漢方の味、大人の味覚です。この味に比べれば、参鶏湯も犬肉料理も初心者レベル、恐るべし韓国料理もここに極まれリ。辛いキムチが本当に優しい食べ物に思えてきます。

 

ソジュ(韓国焼酎)が合いますよね、この料理には。漆料理と韓国焼酎で胃の中がどうなってゆくのか? まあ犬肉料理のようにホカホカと暖かくなってゆくのは間違いありません。ソウル市内とここでは気温が3度は違います。開け放たれた窓から爽やかな夏の風が入ってきて、漆スープを飲んで2度は上がった体温を心地よく冷やしてくれます。

こんな時こそ、この珍しい料理の写真を撮ってレポートに載せないと、と思うのですが少し黒い鶏肉の鍋を見られても漆鍋の真髄を読者の皆様にご理解頂くのは難しいと思われます。食べてみないと分かりません。この料理の素晴らしさと恐ろしさは。まだまだ未踏のディープな韓国料理を夢想しながら、しばし仕事の疲れを忘れるのでした。

 

気のせいか夕方になってどこかしこ痒いんですけど... 翌朝は想像どおり漆鍋のスープ色の何が出てきて... 翌日も舌が痺れているような気がするのは漆の効用か? それとも昨夜飲み過ぎた国産ウィスキーのせいなのでしょうか?

次回は綺麗なお話をしましょうね。出来ればね。

 

                ソウルより 蒲谷敏彦


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