2004 蒲谷敏彦のKOREA REPORT 10月号
KOREA REPORT (10月号)
―― ソウル床屋物語 ――
台風23号と新潟中越地震は甚大な被害を日本列島に与えたそうですね。皆様のところは大丈夫でしたでしょうか? お見舞い申し上げます。広島の実家では前回の台風で洗濯物干し場や駐車小屋が壊れてそれを直したと思ったら、今回の台風でまたその屋根が飛んでいったそうです。またまた父が屋根に登って修理したようですが、今年は連続して来る台風とイタチゴッコです。
韓国ではやっと秋らしくなった静かな先週の木曜日に、青瓦台に向かって突風が吹き荒れました。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の選挙公約であり実現に向けて強引に進めていた、首都移転は憲法違反だとの判決が出たのです。世論も移転反対が大半のようで大統領の人気もここに来て一気に下がってきました。また盧武鉉大統領得意の韓国版サプライズで国民投票に持ち込むかのか? 政界の台風の行方を興味津々で見守っています。
色づく街角
小さな日本の女の子が、母さんムルヂョン! と言っているので、何のことかと見ていると、お店のお兄さんがコップに水を入れて持って来て、それは韓国語で水ください(ムル ヂョム ジュセヨ)と言っているのでした。土曜日の朝は日本人の家族連れで、舶来美容院がいっぱいです。パリが発祥の地?東京にも松山にもチェーン店がある、モッズヘヤー東部二村店に予約を取って散髪に来ました。
『中国はネムセ(匂い)がダメです』
今度上海に行くことになったと言うと、プッキョン(北京)には行ったことがあるという、いつもの担当の先生、妙齢のミッシェルさんは私の髪をバリカンでカリアゲながら、万里の長城や天安門は良かったと話します。何日行くのかと言うので、旅行じゃなくて転勤です、何年になるか分かりません、というと、それは寂しいです、と急に丁寧にカットし始めました。
海外駐在で悩ましいことは、時間になれば空腹を癒すために食事をしなければならず、まだ慣れないその土地の料理を次から次から食べさせられ、食べれば自然の欲求で出るものが出てくるもので、トイレはどこか? が挨拶の次に覚える異国の言葉になり、1ヶ月も駐在していると、これも自然の摂理で頭髪は盛んに伸びてきて、嫌でも散髪に行かなくてはならなくなります。で、海外駐在員仲間のうちの一人は日本に永久帰国してから、日本の散髪代の高さに閉口して今ではご自分で散髪しているそうです。というような奇特な方は別にして、異国の床屋に一人で行くのはかなり勇気が要ります。
韓国に駐在し始めて1ヶ月の頃、会社の事務員さんに連れて行かれた街中の美容院は、立派な体格の女主人が結構綺麗な二人の美容師を使っていて、事務員さんが、この人は日本人だからヨロシク と言って帰ってしまうと、日本と同じ床屋の椅子に座らせて、どうカットするの? みたいなことを韓国語で宣います。
『モリ チャラ ジュセヨ (髪切ってください)』
散髪屋の椅子に座って、そんなこと言うのは間抜けだと思いながら、知っている単語を並べます。オールバックは分かるだろうと、韓国ドラマの題名(昨年済州島を舞台にした、オールインワンという連続ドラマが流行った)みたいにオールバック、オールバックと連呼するのですが、綺麗な美容師は女主人と顔を見合わせるばかりです。
『オールベック?』
そうそう、オールベックでいいからお願い。と頷くと、やっと若くてボディコンな美容師が鋏を鳴らしだしました。床屋でなくて美容院ですからもちろん髭剃りはありませんが、シャンプーもありません。カットされた髪くずは、へヤードライヤーの風で飛ばします。こんな使い方があるんですね、ヘヤードライヤーには。なんだか首周りがイガイガのまま散髪椅子から降りて、いくらかと訊くと、6000W(当時のレートで900円弱)だと言う。まだ、日本に格安の散髪屋が無い時代で、ずいぶん感心したものです。
当時その姿形からアンパンマンと呼ばれていた、資材部の申代理が蒲谷さんちょっといい散髪屋に行きましょう、というので、彼の車で繁華街に繰り出しました。ビルの地下にある高級散髪屋は、男性の理容師が普通に髪を切ったあと、妙齢の背の高いお姉さんが赤いミニスカートでやってきて、散髪椅子を倒して髭を剃ってくれます。頭や身体の按摩、靴下まで脱がして手足の爪を切ってくれると、サービスはいよいよ佳境に入ってきて、耳元で何か囁かれます。訳が分からずウンウンと頷いていると、身体の中心に向かって手が伸びて来ます。椅子の周りにカーテンを張り巡らして、6人部屋の病室が一瞬個室になった態で、隣の申代理の個室からは妖しげな男女の忍び声が聞こえてきます。
というような、ディープでホットな床屋はサッカーW杯開催前に姿を消しました。本当に残念なことです。
青森にも行ったことがあるミッシェル先生と
安い床屋といえば、5000W(現在約500円)でカットをしてくれる、チェーン店があります。ここでは、洗髪したかったら横の洗面台でセルフでするシステムになっています。床屋でカットしてもらう前に自分で髪を洗うのはなかなか新鮮な経験でしたが、仕上がった頭は韓国の若者の最新流行にしたつもりかモヒカン刈り一歩手前で、さすがに翌日会った韓国人社長に、それはいくら何でも刈り過ぎじゃないか? と言われました。
家内が探してきた我が家の近くの美容院は日本人駐在員家族ご用達で、東京の有名な美容院でも働いていたという、日本語のできる新婚の美容師の方が働いていて、いつも予約をしないとすごく待たされるという大変繁盛しているお店でした。済州島出身で、ソラはなんていうんでしたっけ? と訊かれるので、それは韓国語ですか? と尋ねると、ほら巻いてる貝で済州島ではおいしいんですよ、それはサザエですね。日本でも食べますか? 高いのでなかなか口に入りませんけど、好きですね。なんて話しながら、髪を刈って頂いていたのですが、ほどなくご懐妊されて辞められてしまいました。
代わりに雇われた美容師は筋肉モリモリのマッチョマンで、見かけによらず小心なのか?バリカンを両手で持ってじっくりじっくり刈ってゆく方でした。日本人奥様ご用達では少し問題があるんじゃない? と思っていたら、とある土曜日の朝に伺ってみるとお店にはお客が一人も居なくて、筋肉マンが待合ソファーに寝っ転がっていました。私を見ると慌てて椅子に案内しましたが、昨夜飲み倒したのか韓国焼酎とニンニクの臭いがたっぷりするのでした。おまけに髪を刈りながら顔の近くでゲップをするので...
そのうち日本人も韓国人も訪れる客が居なくなって、その美容室は潰れてしまいました。
『これから約束がありますか?』
ミッシェル先生が仕上がった私の頭を櫛でなでながら意味深なご質問をされます。夕方から日本に一時帰国しますが...(昼は空いてます、お別れにお食事でもしましょうか?)かなんて思っていたら、それじゃヘヤスプレーを降りましょう、と頭に白いもやをかけてくれました。ぜんぜん意味深じゃなかったみたいです。
さよならミッシェル先生
ねえ、複雑で微妙で面白いでしょう。女心じゃなくて、韓国の床屋のことですよ。一体中国の上海(正確にはその上の蘇州なんですけど)ではどんな床屋が待っているのか? 早く行ってみたいような行きたくないような... で、いよいよKOREA REPORT最終話はどういう結末になるのか? 早く書きたいような書きたくないような...その話はまた来月の心だあ〜
ソウルより 蒲谷敏彦
[ Top] [ レポート一覧 ]