蒲谷敏彦のNarrowな旅日記
Narrowな旅日記(2)
―― ナローボートとお散歩 ――
08.Sep.2003
Dear My friend
『 蒲谷様
出張していたため、メールが遅くなり申し訳ありませんでした。さて、ナローボートのスケジュールですが、9月8日から11日の3泊4日でWarwickからStratford-upon-Avonまで行きたいと思います。
9月8日ですが、LondonからWarwickの駅まで列車で来て、そこからタクシーでGrand Union Canal沿いにあるCape of Good Hopeという Pubまで来て下さい。できれば午前中にご到着されるよう、お願い致します。
スケジュールは下記のようになります。(状況により変更される場合があります)
9月8日 Warwick − Rowington 21連続ロックとトンネル
9月9日 Rowington − WoottonWawen 18ロック アクアダクト1つ
9月10日 WootonWawen − Stratford-upon-Avon 17ロックとアクアダクト2つ
9月11日 朝食後 チェックアウト
また、何かご質問等ございましたらご連絡ください。
あつこ
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Captain Pook Canal Boat
10 Church Street, Tewkesbury, Glos, GL20 5PA
Tel/ 英国 078-9999-8334 (5月−9月末)
日本 043-486-5681(10月−4月末)
E-mail/ Cptpookjp@aol.com 』
今朝ロンドンのパディントン駅を定刻!に発車したストラトフォード・アポン・エイボン行き列車は、途中オックスフォードに止まり、そしてワーリックに11時05分定刻!!に到着しました。やれば出来るじゃない英国鉄道、聞くと乗るとでは大違い。ワーリック駅前で、あつこさんにメールで指示されたとおりタクシーに乗ろうと思うのですが、タクシーがいません。しかたなく、スーツケースをゴロゴロ引っ張りながら、レトルト・サンゲタン(KOREA REPORT03年7月号参照)と本が入った黒い手提げを持って、大通りまで出ました。でもそこでも、タクシー乗り場がないどころか、1台もタクシーが通っていません。道行くお姉さんにタクシーはいないかと尋ねると、駅の事務所で呼んでもらえと言います。またしかたなく、スーツケースをゴロゴロ引っ張り、サンゲタン入りの黒い手提げをよいしょと担いで、駅に帰ってきました。
駅の切符売り場の隣がタクシー会社の事務所のようで、タクシーが3台くらい止まっていました。そのタクシーはもちろんロンドンの『走るグランドピアノ』あの黒いオースチン型でもなく、普通どの国でも見かけるように屋根にアンドンを付けていません。どうみても普通の白いバンなのですが、これがタクシーだったのです。聞くと乗るとはまたまた大違いでした。
話はまたロンドンに戻ります。ロンドンのオースチン・タクシーは黒塗りが定番でしたが、今回ロンドン市内を歩いていると、黄色や青やシルバーなんかもあります。XXX.COMという宣伝ロゴを入れたものも多いようです。バスは赤、タクシーは黒、バッキンガム宮殿の衛兵は赤の服に黒の帽子...のロンドンのイメージが壊れてゆく〜。ロンドンタクシーよ、お前も時代に流されてゆくのか! と大げさすぎました。なにせ、20世紀初頭に辻馬車から自動車タクシーに変遷してゆき、最後の御者が引退したのは1946年というロンドンですから、21世紀になってタクシーの色が黒だけでなく、黄色や青が出てこようとそんなにビックリすることじゃないんです。でもね...
運転手にCape of Good Hope(何か期待が膨らむ名前ですね)というパブを知っているかと問うと、5分くらいだと応えます。本当に5分でパブの表にタクシーが着きました。運転手はタクシーメーターが無いので、走行距離計を見ています。チップと合わせて5ポンド(約950円)払いましたが高いんじゃない? ホントにタクシー?とまたまた黒い疑問が湧くのでした。
パブは昼前なのでまだ開けていないようです。裏に廻るといきなり運河で、一隻のナローボートが泊まっていました。
『よくいらっしゃいました。お待ちしていました』
ナイキの野球帽に日に焼けた笑顔のあつこさんが、スーツケースをぐいと掴むとボートの中に入れてくれました。そのままスーツケースに引っ張られるように、私達もナローボートのキャビンに入ってゆきました。
全長58フィート、巾6フィート10インチのナローボートは、英国人の旦那さんと東京生まれのあつこさんご夫妻が運営されている、観光用ナローボートです。主に日本人の方が日帰りや一泊二日程度のショートクルーズで利用されています。お二人は今はこちらの家を売り払って、この船に住まわれていますから在宅勤務のようなものですが、自宅が観光バスのように転々と移動するのですから何と言ったらよいか。
天国への階段へ向かうウォーキーズ号
ボートの内部は、船首からリビング兼ベッドルーム、キッチン、ダブルベッドルーム、トイレ&シャワールーム、ダブルベッドルーム、機関室となります。キャビン内では私達は充分立って歩けますが、少し背が高い人は頭が着くかも知れません。以前トニーさんご一家が1週間のナローボートの旅をされた時、背の高いトニーさんはずっと頭を屈めていたと聞きました。巾も2m程ですから、大型のヨットよりも狭い感じがします。ダブルベッドといっても、映画でよく出てくる外国の夫婦が狭そうに寝ているベッドです。二人のうち一人が寝返ると落ちそうになり、背伸びすると足がベッドからはみ出るような。まあ、豪勢なホテルに泊まりに来たわけではありませんから、狭いとか不便だとかそんなことを言うなら最初からナローボートに乗らないことです。少なくとも松山に残してきた私達のヨット(23フィートでトイレもない)より、大きくてきれいで大変便利(キッチンにはオーブンも冷蔵庫もあり、暖房用に温水ヒーターが各部屋についている)であることは確かです。
ウォーキーズ号キャビン内を船首から望む
あつこさんは時間が押しているからすぐ出港します、と言われます。午前中に来てください、というご指示に12時10分前に到着したのですから、予定が押すのは当たり前でした。それもこれから初対面の二人を乗せて、『天国(地獄?)への階段』と渾名されるハットンの連続21ロック(水門)を航こうというのですから、あつこさんがあせるのも当然です。といっても、私達は今日初めてナローボートなるものに乗って、初めて英国運河を航行するので、ちっとも重大事との感覚はありません。へぇ、もう出ちゃうんですか?まだ昼食頂いていませんけど...とは、言えませんでした。
『ナローボートは人が歩くくらいの速度で航行し、揺れませんから船酔いもしない(実際に今までのお客さんで1人もいなかったそう)はずです。でも、狭いロックや橋の下を通る時、船が当たりそうになっても、絶対に手や足を出さないで下さい。あなた達の力ではどうにも動かないくらい重い船ですから、手や足を挟まれないようにして下さい。万一、船から落ちたら(これはままあるらしい。先月は旦那さんが舫ロープを持って陸に飛ぼうとして落ちたらしい。本人は相当なショックだったそう)、運河は水深1m程度ですから大人は立てます。泳がないで落ち着いて立って下さい。また、水流で船底に吸い込まれることがありますから、落水した時は船に近づかないで、岸に行って下さい。船の全長は20mくらいありますから、前と後ろでは声が通りません。特に後ろの操船デッキはエンジンの音がうるさいので、前の声が聞こえ難いんです。落水した時は大きな声で知らせて下さい。スクリューで怪我をすることがないように、すぐエンジンを止めますから。』
的確で判りやすいあつこさんの乗船注意の後、操船デッキでもう一人のボートスタッフとご挨拶しました。今回の航行では旦那さんのアンディーさんは日本に出稼ぎ(?)中だそうで、助っ人に23年間ナローボートをしていて、ノルウェー系でバイキングの末裔だという65歳になるウィルさんがスキッパー(操舵手)をされます。
『ヘロー。ハウドウユードウ。(よろしくお願いします、が英語で出てこない!)』
野武士のような面構えでバイキングのようなりっぱな体格(りっぱなビール腹)ですが、総白髪と水色の瞳が綺麗です。がっしりした手で握手されました。あつこさんのお話によると、ウィルさんの方も日本人相手で緊張しているとのことです。
出〜発進行ぅ! 軽快なエンジン音が運河に響きます。船首デッキで左右の緑の景色を楽しみながら、心配したほど天候も悪くならず、ちょうど日焼けしないくらいの薄曇空に感謝していると、ほどなくボートは右に曲がり、噂の天国への階段が現れました。
いよいよロック・ワーク(水門作業)です。二人とも軍手をはめて意気揚揚と陸に上がります。あつこさんからロック・キー(水門の水の出入り口(パドル)の開閉を行うハンドル)を渡され、ロック・ワークの手順を教わります。簡単にいうとロックで運河を上がってゆく場合、1.下流のロックを開けて、2.ボートをロック・チャンバーに入れる、3.下流のロックを閉める、4.ロック・キーを回転軸に取り付けて手で回してパドル(水の出入り口。パドル機構はラック&ピニオンになっていて、逆回転防止のラチェットギアがついている)を開けて、ロック・チャンバー内に水を入れる、5.水位が上流側と同じになったら、6.上流側のロックを開けて、7.ボートを出す、8.上流側のロックとパドルを後のボートの為に閉めておく、という具合になります。これら全ての作業が自分の体を使う人力です。ロックの開閉は水門に付けられたバランス・ビームという大きな角木を、全体重をかけてお尻で押します。
楽しい(?)ロック・ワーク
ロック・ワークで大切なのは安全第一(ロックに落ちないとか、ハンドルが逆回転してしたたか顎を打つとか)と紳士の国英国ですから、ゴルフと同じようにアフターユー(お先にどうぞ)とエチケットが大切です。言うは簡単ですが、何しろ17〜18世紀に建設された運河ですから、ガタピシ動くし、元々石炭運搬船や繊維製品、ウェッジウッドなどの陶器製品の貨物船が使用した運河なので、屈強な船員が操作するという設計ですから力が要るんです。ひとつのパドルを開け閉めすると、もう薄っすら汗をかいてきました。これを今から21連続するんです。
ボートの操船はもっぱらスキッパーのウィルさんが一人で、ロックの前でホバリングしながら他のボートが出てくるのを待ったり、ロックの中に静かに進んだりします。あつこさんは先行して次のロックの水位を調整し(ロック・チャンバーの水位が上がっているときには、下流の水位と同じになるように下流のパドルを開ける)に行きます。私達は二人でふうふう(夫婦だから)言いながら、ロックを締めたり、水を入れたり、ロックを開けたり、また閉めたりします。腕とお尻が痛くなってきました。
ロックは延々と続き、私達は延々とロック・ワークを続け、ボートは3m程づつ上昇してゆきます。運河の片側はトゥパスと呼ばれる小道が続いています。当時エンジンが無かったナローボートは馬に引かれて航行していました。その馬道が今はジョギングや散歩に良い散策道になっています。が、私達はナローボートの旅に来たのに、ボートには乗らずにボートを通す次のロックに向かうため延々とトゥパスを歩いてゆきます。
あつこさんのナローボートの船名は『Walkies(ウォーキーズ)』で、少し声が裏返るような発音をすると英国式らしいのですが、犬小屋(または居間)でくつろいでいる犬に、ウォーキーズ!と言うと、尻尾を振りながら喜んで走ってきます。おい、散歩に行くぞ!ってなもんです。『Walkies』号を連れて散歩しているのか、『Walkies』号に連れられて散歩させられているのか、よく判らない図になってきました。
ナローボートとお散歩 (なんで反対向いてるの?)
やっとこさ、21連続ロック・悪魔の階段を通過して船首デッキで昼食にあつこさん手作りのサンドイッチを頬張っていると、
『ただいまのハットン21連続ロック正式所要時間は、3時間5分でした!』
と、あつこさんが教えに来られました。それがどうした、という感じなんですが、ハットン通過には普通4時間以上かかるそうで、以前あつこさんとご主人二人で下りのハットンをやった時に2時間45分の好タイムが出て、ご主人は興奮してボート仲間の誰彼なしに電話しまくったそうです。
高校野球でいえば甲子園、登山でいえばエベレスト(ちょっとオーバー)、ヨットでいえばホーン岬か、英国運河のナローボート乗りには、ハットン連続21ロックはそんな神聖な地のようです。これで蒲谷さんご夫妻も大きな顔でハットンやったと言えますよ、とウィルさんも太鼓判を押してくれます。それは船乗りでいうと、喜望峰とホーン岬を単独で廻った者はどんな人の前でも机の上に足を上げて椅子に座って良いということと同じですか? と尋ねると、イエスその通りと、グーにした右手の親指を上げるのでした。(英国人はどうもこのポーズがお得意らしい)
その後『Walkies』号は運河のトンネルを通り、無事今夜の泊地RowingtonのTom O‘The Woodというパブの対岸に舫を取ったのでした。その晩はお約束のパブでの飲めや唄えの大騒ぎでなくて、とぐろ巻いて出てきた田舎風ソーセージ料理にビックリしたり、ビールはエールだ、黒ビールなら『ギネス』だ、いやラガービールの『ステラ』(ウィルさんご愛飲)が旨い、ウイスキーはアイリッシュの『ジェイムソン』(あつこさんご愛飲)が旨い、いやいやスコッチのシングルモルトの『なになに』(忘れた)だの、皆一家言あってうるさいうるさい。うるさいだけでなく、飲んでみろといちいち飲まされるので、今夜はボートに歩いて(這ってでなく)帰りたいし途中で運河に落ちたくない、と言うと、ウィルさんがまた親指あげて大笑いし、私の太腿を掴んで、ウェールズでは酒を飲むと足のタンクに酒が貯まると言う、両足いっぱいに酒が貯まると重たくて千鳥足になるんだ、と今度はチョキの右手を逆さにしてテーブルの上をヨタヨタと歩かせるのでした。
まだまだ、いろいろ面白いお話をしたのですが、寝る前に浴びたシャワーで全て流されてしまいました。明日は早いので...というよりいろいろ(ロック・ワークとお酒とこの手紙書きで)疲れたので、もう寝ます。
もちろん明日に続く。
Sincerely,
T.Butani in Rowington
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