蒲谷敏彦のNarrowな旅日記
Narrowな旅日記(4)
―― 空飛ぶナローボートで ――
10.Sep.2003
Dear My friend
今朝はとうとう生憎の曇り空になりました。今にも雨が落ちてきそうです。それでも、今回のナローボートの旅のクライマックス、エドストーン・アクアダクト通過の際には天の恵みか薄っすらとお日様が覗きました。運河の岸を幸福の青い鳥、カワセミがボートの横をイルカのように飛んでゆきます。
アクアダクトというのは、運河の橋です。運河の上に道路や鉄道の橋があるのじゃなくて、道路や鉄道の上に運河の橋があるのです。人は異国に行き自国と違う文化や生活習慣に目を見張り驚かされると、カルチャー・ショックを受けたと言いますが、何か違和感がある建築物、交通施設に驚かされた時何と表現すれば良いのでしょうか?
昔、ベネチアの運河の辺に佇んだ時、バスの代わりに乗合フェリーが、タクシーの代わりにモーターボートが、ゴミ収集車の代わりにゴミ運搬船が、消防車の代わりに消防船が行き交っていて、頭をバットで叩かれたようなカルチャー・ショックを受けたことがありました。ベネチアの陸の街路は、もともと街を縦横にはしる運河を交通手段にしているために運河を渡る橋が皆、太鼓橋になっていて人は通れるが、荷馬車もムリなような構造になっていて、自動車は底が着いて走行できません。主要な交通・運搬は全て船になっていました。伊達にゴンドラを浮かべているわけではなく、本当にゴンドラ(船)がないと生活できない街なのでした。
同様に英国では、汽車や自動車が登場する前は馬(ホースパワー)がその言葉どおり主要機関でしたが、ローマ帝国が建設した街道のまま道路は整備が滞り、駅馬車もその力を発揮することが出来ずにいたのです。そこで昨日すこしお話したように、『運河狂』時代が18〜19世紀に訪れます。あちらでもこちらでも運河が建設され、犬も猫も(猫も杓子も)運河へと投資したのでした。運河はロックで山を登り降り、時にはトンネルを通り、アクアダクトで川や谷を渡ったのでした。その後、最新の道路と鉄道が施設され運河を渡り、時には運河の下を潜るのでした。
そして、エドストーン・アクアダクトです。全長;475フィート(約145m)、高さ;28フィート(約8.5m)のレンガ造りの橋脚で運河本体の水槽?は黒い鉄製です。向こう側から2隻のナローボートがゆっくりゆっくりやって来ます。右からの風が強く、ボートを運河の側面に擦りながらやって来ます。
迫力のエドストーン・アクアダクトの前で記念写真
またあつこさんが、ティラーを持ちますか? と言われるのでもう2度とないかも知れないと、プライドがずたずたになろうと自尊心がヘナヘナになろうと、操船して運河橋を渡ることにしました。爽やかな風に吹かれながら、線路や道路、バーミンガムに向かう汽車や車を下に見ます。この何か変な落ち着かない気持ちは一体なんだろうか? 人生で初めての経験だらけだった、新しい世界がまだまだ開けていた子供の頃に返ったような興奮です。もっとスピードがでるなら銀河鉄道999のように、ナローボートがこのまま空に向かって飛んでゆくような気がします。
橋を渡るウォーキーズ号
ロックを11ほど下ったところで、あつこさん手作りのサンドイッチと昨日飲み易いと教わったPIMMSで昼食をして、ちょうど近くに係留してあるウィルさんご自慢のマイボートを見学させてもらいました。奥様のミドルネームから命名した『Lady Ameria』号は、全長47.5フィートのレストア船で、70フィートくらいあった昔のナローボートの真中を切断して短くつなぎ合わせたそうです。エンジンは、今は生産中止だというマニア憧れのリスター社の1956年製27馬力が船の中央でピカピカに光っています。これはもう、クラシックカーの世界ですね。このポンポンという、漁船の焼玉エンジンのような排気音がボーター達には堪らないんだそうです。
ウィルさんご自慢のマイボート
午後からは英国特有の霧雨のような細い雨が降り始めました。森の中の運河が次第に郊外の廃工場を通り抜け、サッカー競技場を間じかに眺め、瀟洒なマンション通りを過ぎると観光客がロックの上から見物するようになりました。森では感じられなった都会の香がしてきましたが、同時にそれは便利と引き換えの慌ただしい危険な香でもあります。不良者風の若者が沈んだうつろな目で運河を見下ろしたりしています。
女一人でのナローボートの生活も危なげなので、あつこさんは万一に備えてウィルさんから合気道のような護身術を習ったそうですが、右手でひねって左手で返す、考えながらするので間に合わないらしく、教えかねたウィルさんが、なんでもいいから、手を前で空手のように構えて、オゲンキデスカ! と大きな声で叫ぶと良い、日本語の判らない英国人は空手の達人かと思ってビックリして逃げて行くぞ、と再指導したそうです。それは井上陽水じゃないか、日本人だったら笑って力が抜ける、でも特殊部隊教官?のウィルさんが教えると説得力ありそうな。
雨合羽を着て雨に濡れながら車道の下の残りのロック3つを通ると、そこはストラトフォード・アポン・エイボンの街です。シェークスピア生誕そして永眠の地に世界中から観光客がひきも切らずに訪れています。街の中心シェークスピア劇場を見渡す公園のシェークスピアの銅像前の運河桟橋に夕刻、舫を取りました。
運河桟橋でお別れの記念撮影
会うは別れの始まり、短い英国運河の旅がもう終わろうとしています。ウィルさんは愛するスーザンの元に帰るんだそうで、ここでお別れです。私達もあつこさんとナローボートにもう一泊して、明日の朝にはお別れです。公園を散策していた日本人観光客にカメラのシャッターをお願いしました。一緒に苦労したり楽しい旅を共にしたウォーキーズ号の前で、4人でデジカメのメモリーの中に収まりました。
『シェークスピア像の前はいいんですか?』
気を利かせてカメラを預けたおばさんが言ってくれましたが、私達はそうじゃなくて、このナローボートの前に意味があるんですよ、と言ってもわからないだろうなぁと思うのでした。あつこさんは地団太踏んで、絶対日本にナローボートを普及させるんだ!と、息巻いていました。
『ビールを1パイント、奢らせてください』
短い旅の間にナローボートの操船と人生を教わった先生へのお礼として、近くのパブに皆で入りました。
『ゴー・ストレートを忘れるな』
『はい。また来年お会いましょう』
本当にまた来年会えるといいなぁと思いながら、ギネスビールを飲み干すのでした。
追伸; ウィリアム・シェークスピアは、ストラトフォードに1564年手袋商人の息子として生まれ、ロンドンで劇作家として大成功し、晩年は再びストラトフォードに帰り、1616年の誕生日に亡くなったことになっています。彼の故郷ストラトフォード・アポン・エイボンは今や世界有数の観光地となり、オックスフォードは大学の中に街があると言われていますが、ストラトフォードは土産物屋の中に街があるようです。皮肉やのシェークスピアが、墓石の下でほくそ笑んでいるのが見えるようでした。
どうしても、ご飯と麺類が食べたくなった俄かボーターの私達が、ストラトフォード到着の晩餐に『五月花酒家(チャイニーズ・レストラン・メイフラワー)』で食べたスペシャル・チャイニーズ・ヌードル(1400円)の味と、翌翌日の金曜日の夜にカテッジ・パイを食べたパブでカントリー・ミュージックの生演奏があり、ドラマーがシェークスピアに似ていた話と、英国がシェークスピアなら日本は夏目漱石だと、変な愛国心から帰国間際に寄った『倫敦漱石記念館』で聞いた、その夏目漱石が下宿していたという向かいのアパートが3億7千万円で売りにでていることなどは、またゆっくりお酒(できればスコッチかアイリッシュ)でも飲みながらお話しましょう。
どうしてって?
ストラトフォードから帰りの汽車は、8時58分定刻に発車し、しばらく走ると運河の旅の始発点ワーリック駅を通過しました。3泊4日をかけたナローボートの旅も今日は急行列車で25分、ロンドンまでナローボートで航くと3週間から1ヶ月かかるそうで、この直通列車では2時間ほどです。これを人類の進歩と人は言うのでしょうが、本当に進歩なのだろうか?
シェークスピアも、
『賢明に、そしてゆっくりと。速く走るやつは転ぶ』
と言っていますから。
追伸2;ソウルに帰国後、あつこさんからメールが来ました。
『蒲谷様
メールありがとうございました。こちらこそ、お二人とご一緒できて楽しかったです。蒲谷さんの下船後にウィルさんと頂いた「さんげたん?」を食べました。ウィルさんも私も「これは、おいしい!」の連続でした。ご馳走様でした!
さて、その後私は1週間のお休みに入ったのですが風邪をひき、3日間をベッドで過ごし、現在は鼻づまりでボートの冬支度をしています。お天気は悪くありませんが、やはり9月も終わりなので、朝晩は冷えます。
お友達のホームページに「ナローボートの旅日記」を載せてくださったのですね。ありがとうございます。私も早くホームページを作らないと・・・。ボート上では携帯でインターネットにつないでいるので、スピードが遅くてイライラするので、10月1日に日本に戻ったらつなぎっぱなしでゆっくり見させていただきます。
ウィルさんの冬の係留場所がストラトフォードの近くに決まったとの事なので、彼にも頂いたホームページのアドレスをお渡ししますね。
どうぞ、お体を大切にソウルの生活を楽しんでください。
また、メールします。 あつこ 』
もう明日には続きません。
Sincerely,
T.Butani in Stratford-upon-Avon
<資料編>
「ナローボート運営会社のパンフレット」と「運河の地図」3200kmにおよぶ英国内の運河を管理している、ブリティッシュ・ウォーターウェイズのホームページです。 7 Wonders of Waterways など、面白い情報ページがあります。
- ブリティッシュ・ウォーターウェイズ ホームページ.
(http://www.britishwaterways.co.uk/)
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