新東京国際空港公団・広報誌掲載文
アジアのハブ空港目指す香港新国際空港
西松建設株式会社香港支店 市川 寛
新空港の概要
昨年 7 月 1 日の中国への返還以来、政治、経済両面でなにかと話題の多い香港。
面積約 1,100 平方 km、人口約 650 万人のこの地において過去十数年来、総合インフラストラクチャー整備 ( 以下、インフラ整備 ) への投資が継続的、積極的に行われてきた。
その投資額は、中核プロジェクトである香港新空港関連建設工事 ( 後述 ) だけで邦貨約 2兆 5,000億円におよぶものであったが、その中心である「香港新国際空港」が 7月 6日、正式に開港となった。 それに先立ち、7 月 2日には、中華人民共和国・江澤民国家主席が出席して正式の開港式が挙行され、香港が 21 世紀に羽ばたくための第一歩が踏み出された。
新空港の正式名称は、「 Hong Kong International Airport 」( 香港国際空港 ) 。 1992 年 12月の着工以来、5 年 8 ヶ月、約 3 億 m3にも及ぶ土地造成工事により形成された約 1,300 haの沖合人工島上の空港の完成である。
新空港は、香港で最大の島であるランタオ島の北側に位置していたチェクラップコック島を削った土石と、浚渫により移入された海砂で埋立てた用地に建設されたもので、香港島の中心部や九龍半島の繁華街からは、西の方向へ海を隔てて約 25 km 離れており、アクセスとしては 6 車線の高速道路と高速鉄道が新設され、空港と香港島のセントラルや九龍の尖沙咀等の市街地とは 30分程で結ばれている。 新空港は、とりあえず 3,800 m の滑走路 1 本で運営されるが、 建設中の第 2 滑走路と今年末に予定されている旅客ターミナル延長が完成するとほぼフル稼働態勢となる。年々増大してきた航空需要でほぼ満杯となっていた啓徳空港に代わって、新生・香港を象徴する一大国際空港が出現することになる。また、新空港の開港効果で、返還以来落ち込んでいた訪香港観光客の回復も期待されている。
なお、空港管理局の当初のマスタープランに従えば、2040年の最終完成時には年間の旅客数 8,700万人、取り扱い航空貨物 890万トン、航空機発着回数 37 万 6000回という世界有数の大空港となる予定である。
図 - 1 は空港最終完成時の図であるが、これに従って新空港内の利用者の流れを簡単に説明してみよう。
@ は香港市内からのアクセスの最終経路で、高速道路あるいは鉄道により A ( グラウンドトランスポーテーション・センター) に到着する。高速道路・鉄道はいずれも出発便用、到着便用に 2 階建て構造になっており、空港駅からターミナルビル B へは連絡橋 ( リンクブリッジ ) を渡って行く。( 個人的な感想であるが、この付近の感じや建物内部のアレンジは関西空港によく似ている。)
広大なターミナルビルは、出発客用、到着客用とに分かれている。 出発にあたっては、まず全部で 288ブースあるチェックインカウンターでチェックイン、出国手続きはその後方に配置されている96 ブースのカウンターで行い、 引き続きセキュリテイーチェックポイントを通過して、C に到着、ここから無人電車 ( 地下 ) D に乗って搭乗ゲートに向かう。( このあたりも関西空港にちょっと似ている。)
開港時、無人電車と直結している搭乗ゲートは 38 ゲート、バス利用によるものが 27 ゲートであるが、最終的には全部で 120 のゲートになる計画である。ちなみにセキュリテイーチェックポインで使用する荷物の透視装置はフイルムを感光させてしまうものと云われているので注意が必要かもしれない。
到着はこの逆の経路で通過し市内に向かうが、広大なターミナルビルの中には随所に分りやすい案内表示板があるので迷うようなことはまず無いと思われる。( 開港当初はシステムの故障で混乱がみられたが )
E はゲートの全容であるが、開港時にはこの Y 字型の一部が未完成のままである。X 型をしたゲート F は将来用で現在は建設されていない。 G は南滑走路で、当初はこれ 1本であるが、今年の末に北滑走路 H が完成すると 3,800 m の滑走路 2本でのフル運用となる予定である。
表 - 1 は、新空港の規模と設備の一覧表である。
当初、新空港は 97 年 4月開港予定であったが、中国への返還を巡る政治的駆け引きにプロジェクトの推進手法や資金手当てなどの問題が巻き込まれ、約 1年 4ヶ月ほど遅れたことになる。しかしながらこの新空港は英国の植民地から中華人民共和国・香港特別行政区に生まれ変わった香港の今後の経済活動の要ともなるもので、21 世紀における東南アジアのハブ空港としての活躍が期待されている。
バックグラウンド
この香港新国際空港建設のイメージを正確に把握するには、過去十数年にわたり精力的に実施されてきた香港における大規模総合インフラ整備事業の構想を理解しないと難しいかも知れない。
この総合インフラ整備事業は、基本的には21 世紀においてアジアで、そして、世界で、香港がより一層の繁栄を確保するために、という長期的視野に立って立案・推進されてきたもので、事業自体は、集合的に「港湾・空港の総合的改善・再整備計画」と呼ばれ、1988年に 「 The Port and Airport Development Strategy - 略称 PADS - 」という名称で英国統治下の香港政庁により正式に認可された。
もともとの研究・計画は 70 年代から行われており、香港が中国へ返還される97年を中心として完成させる計画で実施されてきた。 この PADS の中でもっとも大きな規模を持つプロジェクトが 「香港新国際空港中核プロジェクト群 - Airport Core Programme Projects ( ACP プロジェクト )」と総称されるもので、 10 個のプロジェクトから構成され、その中心が新空港建設であった。 表 - 2は ACP プロジェクトの構成を示している。
ACP プロジェクトの総事業費は、約 1550 億香港ドル ( 邦貨換算約 2 兆5000億円 ) と発表されているが、香港政府は総事業費の約 2/3 にあたる約 1110億香港ドルをプロジェクトに対する直接投資、新空港管理局と地下鉄公団への資本投資という形で支出している。 残りの約 1/3 は、民間金融機関からの調達、および BOT※ 方式 ( 例えば、西部海底トンネル、航空貨物取り扱い施設一式、航空燃料供給、航空機整備、その他の空港関連諸設備の運営管理等 ) による民間投資によって賄われている。 なお、新空港周辺、及び地下鉄空港線沿線には今回のインフラ整備にともなう不動産開発が盛んであるが、これらについては民間資本が活用されている。
※BOT : Buid Operate Transfer
(インフラ等多大な設備投資を必要とする社会基盤の整備を、基本的には民間に有期的に委譲・委託すること。必要とされる施設を建設させ、運営させ、そしてそれを最終的には公共体に譲渡させるというプロジェクト推進手法の一つ。最近日本で話題に上がっている PFI ※※方式の基本概念に基づくプロジェクト契約方式の代表的なものである。)
※※ PFI : Private Finance Initiative
( 英国政府が 1992年に策定した公共サービス実現のための政策手段で、具体的には資金調達を含めてサービスやプロジェクトの計画・建設・運営を民間主体に委ね、最終的には政府がサービスの購入媒体となる、というシステム )
建設の特徴
香港新国際空港建設には世界的規模からみても注目できる幾つかの特徴があるが、特筆できることは、国際性が非常に高いこと、その工事単位の規模が非常に大きいこと、ということであろう。 国際性が高いという点について言えば、プロジェクトのすべては、香港を含めた世界 18ケ国からの 200 社以上の建設関連業者による一般国際競争入札事業として行われてきたが、そのうち日本の建設関係業者はプロジェクト全体のうち総額で約 26 % 以上の受注に成功し、トップであった。
日本以外の他国の受注情況は、地元香港 : 24 %、英国 : 16 %、中国 : 8 %、オランダ、フランス : 5 %、ニュージーランド、ベルギー : 3 %、スペイン、アメリカ、ドイツ、オーストラリア : 2 %、その他 (イタリー、南アフリカ、ノールウエイ、ポーランド、デンマーク ) がそれぞれ約 1 % となっている。
また、工事単位の規模について言えば、例えば、新空港建設の第一歩である新空港用地造成工事は、単一工事として発注され、その工事請負金額は約 90 億香港ドル(契約時の換算レートで邦貨約 1,500億円)というものであった。
用地造成工事の概要
工事は、埋立て海域のヘドロ撤去とチェクラップコック島の掘削、海砂の盛り立てによる総面積 1248 ヘクタールの空港用地造成工事で、用地造成のために扱った総土量は約 3億 m3を越えるほどのものであった。
発注者は、香港新空港管理局 ( Hong Kong Airport Authority )、工期は 1992 年12月01日〜 96年4月30日 ( 41ケ月 ) 。
この膨大な土工事 ( 東京ドーム 158 個分、あるいは、霞ヶ関ビル 530 個分にほぼ相当する ) をわずか 3 年半という短期間で完了させるために必要だった主要資材は火薬約 3万6300トン、軽油約 12 万 kl に上がった。 また、陸上工事、海上工事共に世界最大級の建設機械が大量に投入され、表 - 3 のような計画施工量のもとで工事が進められた。
表現を換えると、この大土地造成工事をこのような短期間で完了したということは世界で初めてのことであり、平均すると毎日 40 万 m3 ( 霞ヶ関ビルの約 70 % 分の量 ) の岩・土砂・ヘドロが爆破されたり、掘削されたり、あるいは浚渫されたということになる。 1 分毎に 280 m3、1 秒毎に 10 トンの物量が処理されたという計算である。
工事の実施
この空港用地造成工事は、激烈な国際競争入札の結果、西松建設株式会社をリーダーとする「新空港用地建設協同企業体 - Airport Platform Contractors JV ( APC JV )」が受注に成功し、工事が行われた。 このジョイントベンチャーは当社を含め 6 ケ国 ( 日本、イギリス、アメリカ、ベルギー、オランダ、中国 ) からの構成メンバーからなる多国籍コンソーシアムで、非常に有効なプロジェクトマネージメント組織を構築し、工事の実施にあたった。
総量で約 3億 m3の用地造成工事をわずか 3 年半で完了させるためには、大規模な土工機械や海工事用船舶が必要であることはもとよりであるが、それにもまして大切だったのは、海工事の進捗に合わせての合理的、かつ、綿密な土工事計画と詳細な工程管理であった。 多くの大型機械や浚渫船等をより効率的に組み合わせつつ工事を行っていくために、海上工事では人工衛星からの電波による Differential Global Positioning System ( DGPS ) からの、陸上工事では特殊カメラによって撮影した航空写真からの、各データーを収集し、これらをコンピューターで処理し、工事進捗状況を把握し、バランスのとれた施工管理が行われた。 ( 注 : DGPS 及び航空写真による管理プロセスと解析は企業先自身が行った。) その結果、スムースに工事を進めることができ、最終的に 3ヶ月の工期短縮に成功し、着工以来 38ケ月ですべての造成工事を終了することができた。
環境・騒音
周知のように、これまでの香港の啓徳空港はビクトリア港に面していたとはいえ、離着陸する飛行機は林立する高層ビルをかすめ、人工密集地帯の真上を通過していた。 長年の慣れとは言え、そのすさまじい騒音が朝早くから夜遅くまで多くの香港市民を悩ませてきたものである。 したがって、当然のことながら新空港の計画に当たっては、騒音、海洋汚染、漁業問題、自然環境保全等を含めた徹底した環境保護対策がとられた。
もともとこのチェクラップコック島には住民は余り居住はしていなかったが、1992年12月の本工事に先立ち全島民は移転し、また、同島固有種と言われるカエルも類似生活環境が確認されている新しい生息地へ移住させられるといった面を含め、自然環境保護についてはできる限りの努力が払われた。
付近住民の反応、啓徳空港跡地開発
啓徳空港は新空港の開港に伴い、73 年間の歴史の幕を閉じた。
空港への着陸ルートの真下に住む住民たちは、頻繁な飛行機の騒音に長い間悩まされてきたわけであるが、新空港への移転に対しては必ずしも歓迎一辺倒とはいかなかったようである。 騒音が生活に完全に溶け込んでしまっていた住民達の中には、「もう音は気にならない」という人も多いようであった。
また、空港移転によって頭の痛い思いをする人々もいる。 この地域の人達にとって啓徳空港は非常に大きな商売の対象であったが、空港移転により売り上げが大幅に減ってしまう商売が沢山あるからである。 この地域の店にとって、空港関係者、航空会社、観光客、ビジネスマン等は大事なお得意先であったのであるが、こういった顧客がほとんどゼロになってしまったのである。 十数年来の不景気の最中、空港が無くなっても商売がやっていけるのかと心配の種は尽きないようである。
空港移転後の広大な跡地 ( 約 340 ha ) は、前述の PADS :「港湾・空港の総合的改善・再整備計画」の一環としての市街地再整備計画の一部として、現在の予定では、1999年から 2010年にかけて旧空港周辺海域の一部埋立てを含め住宅・商業地区として再開発され、将来の香港の活力の一端を担う星のひとつとして期待されている。
( 注 ) 主要データー出典 :
1. New Airport Project Co-ordination Office ( NAPCO) - Internet Home Page, last updated May 1998.
2. Airport Authority Hong Kong - Internet Home Page, last updated 05 June 1998
3. New Airport Master Plan, October 1992 ( Provisional Airport Authority )
4. 「香港新空港の建設」西松建設株式会社香港支店ブロシュアー 1995年10月発行
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