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スギ花粉症 自分史
2011年4月22日
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松山市医師会からの依頼で、2011年4月21日ウィークリーえひめの「元気でいたいから」に掲載された記事です。


スギ花粉は終わり、ヒノキ花粉の飛散もまもなく4月末で終了します。4月末からイネ科雑草(カモガヤやハルガヤ)やオオアワガエリなどの雑草系のアレルギー花粉が飛び始めます。なんてことは、皆様すっかりお御馴染み「知ってますわ〜ン」でしょう。近年のみなさまがたの花粉アレルギーの知識は目を見張るばかりに素晴らしいものです。
私は60歳の耳鼻科医でスギ花粉アレルギー患者です。1972年3月、試験の最中に「30回のくしゃみ発作」で発症しました。スギ花粉アレルギーの発見は1964年です。私も試験監督の教官医師も「それがスギ花粉アレルギーだ」とは知りませんでした。1974年耳鼻科に入局した頃はまだ、スギ花粉症は大きな話題ではありませんでした。1979年にスギ花粉の大量飛散があり大量の発症者が出ました。患者さん方は「カフンショー」とか「アレルギー」とか、当時は初めて聞く意味不明の言葉に戸惑うばかりでした。カフンショーを巡る1980年代の大混乱を経て、1990年代には全国調査がなされました。松山では、花粉アレルギー調査を後半生のライフワークとされた元県立中央病院耳鼻科医長の故高須賀信夫先生のご尽力で県中央病院屋上での花粉飛散調査が開始され、さらには当地でのイネ科雑草アレルギーの研究と指導を進めてくださいました。50年に満たない花粉アレルギーの歴史ですが、日本社会の花粉アレルギーに関する知識と理解の豊かさは、私の学生時代とは隔世の感があります。