蒲谷敏彦のNarrowな旅日記
Narrowな旅日記(1)
―― 英国紳士はお酒がお好き ――
07.Sep.2003
Dear My friend
『スプレー号世界周航記』という本があるのをご存知ですか?
中央文庫から刊行されていますが、あの堀江謙一さんが解説をされています。著者は1844年カナダ生まれの帆船の船長でかつ、造船技師だったジョシュア・スローカムという人です。彼は全長36フィートの2本マストヨット・スプレー号で、1895年4月から3年余りを掛けた、史上初の単独世界一周航海に成功しました。その後1909年にスプレー号でふたたび海に出た後、消息を絶ったそうです。
いつか船で世界一周をしてみたい! 夢を実現するためには、第一歩を踏みださなければなりません。そこで、帆船の元祖ヨーロッパに遠征することにしました。でも、いきなり大西洋を帆走しないで内陸から。まずは英国の運河(なぜ?)で船に乗ってみることにしました。それも単独航行は怖いので家内と二人。それでも心細いので、安楽な乗務員付きのクルーズボートに乗ることにしたのでした。(なんとも情けない。単独世界一周は程遠い。)
昨夕、ロンドンのヒースロー空港に到着しました。知人のお宅に泊めてもらっています。地上4階地下1階の集合住宅は、3階4階の部屋を貸していても部屋が余っているそうで、ご好意に甘えて1階のベッドルームを使わせて頂きました。このアパートは築180年の石造りで、内装は変えているのでしょうけど、壁に掛かった祖祖祖父だろうという肖像画を見ているだけでも、英国の歴史の重さが圧し掛かってきます。100余年前、夏目漱石が下宿していたというアパートも程近くにあります。その4階(英国では1階がグランドフロアで2階がファーストフロアなので正式には3階になる)の部屋で、もんもんと書物を読んでいたという彼の気持ちも判るような気がします。
今朝はあの有名な赤い2階建てバスに乗って、汽車の切符を買いに行きました。88番のバスに乗車して、途中で436番に乗り換えです。
『パディントン・ステーション(に行きますか)?』
と運転手に聞くと、軽く頷いてくれました。
市内バスの乗車券は街角の雑貨屋などで1ポンド(約190円)で買えますが、1日乗車券は2ポンドなので助かります。乗り間違えても気が済むまで乗り換えれば良いのです。
切符を買うのに行ったり来たりしたパディントン駅
パディントン駅はヒースロー空港行きの直行列車など西部郊外線が出ているロンドンの大きな駅のひとつで、大勢の乗客でごった返していました。切符売場の長い列に並んで、そして人生相談でもしているのではないかと思うほど、一人一人の応対で待たされた挙句、明朝発のワーリック行きチケットが欲しいと言うと、あっさりメインカウンターに行けと言われました。そこは当日券売場のようで前売り券売場は奥の窓口でした。
『明朝パディントンからワーリック、土曜日にストラトフォード・アポン・エイボンからパディントンを2枚下さい』
英国は鉄道発祥の国ですから路線は非常に発達していますが、元々路線が複雑な上に7年前に分割民営化されてから各社固有の運営で乗り換えや料金体系など煩雑なこと、この上ない状況だそうです。ということで、確かワーリックから3つ先の駅がストラトフォード・アポン・エイボン(路線の総合案内などが皆無なので、これを確認することさえ大変なことでした。)なので、ストラトフォード・アポン・エイボン行き往復切符(英国の鉄道料金は片道も往復(リターン)もほとんど同じ。でも有効期間は普通5日。指定席にしたほうが安い(わざわざ予約して買ってくれたから?)。金曜日の切符はその他の曜日より高い(週末なので)などいろいろなルール(?)があるそうです。)を買って、ワーリックで途中下車するのが良いと思うのですが、出されたチケットはそれぞれしっかりシングル(片道)で指定席でもなく、二人合わせて約100ポンド(約19000円!)でした。
おまけに明朝何時の汽車があるのか? 何番ホーム(14番ホームまであるので、ハリーポッターでなくても迷いそうなので)から出るのか? インフォメーションで聞いたのですが、
『明日乗るんだろう? 明日来て聞いてくれ』
と、すげないお返事でした。切符売場の窓口でどうにか9時18分発の列車がストラトフォード・アポン・エイボン行で11時05分にワーリックに着くことが判りました。英国鉄道はよく遅れるそうで、30分遅れは当たり前で皆時刻表など当てにしていないし、ダイヤが乱れているのが当たり前なので、到着(発車)プラットホームはその時にならないと確定しない?ようです。だから、明日乗るなら明日聞いてくれ!なんでしょうね。(すごく現実的な考え方。さすが英国)
まだ昼食には早いので少し市内観光をすることにしました。今度は36番バスから88番バスに乗り換えてテムズ川の辺で降りました。ロンドン名物はロンドン塔やウェストミンスター寺院、ビッグベンなど数々ありますが、新しい名物ならロンドン・アイです。2000年にブリッティシュ・エアーが建築した大観覧車です。ビッグベンのはす向こう岸で大きな車輪を回しています。9時30分の営業開始から長蛇の列が出来て1時間待ちは覚悟だそうです。
全身を金色や白色に塗った彫像パフォーマンスやピーナッツ売り、焼きソーセージ売りを冷やかしながら、ロンドン・アイは素通りしてバス乗り場に帰ってきました。ところが、88番バスの乗り場がありません。行きと帰りで路線が違うようです。しかたないので、適当に来たバスに乗りました。(この辺は韓国で鍛えた図太い神経が役に立ちます。)見覚えのあるトラファルガー広場(後日阪神タイガースが優勝した日にはロンドン在住のファンが集まったそうで、この日ばかりは虎ファルガーで、六甲おろしを絶叫したあげくに噴水に飛び込んだそうです。世界的に虎ファンは飛び込むらしい。)で降りて捜すと、予想通り88番バスの乗り場がありました。その後すぐに88番バスが来ましたが、この絵葉書を買っている間に1台が通過して、待てど暮らせど次が来ません。30分も待った頃、88番が3台連ねてやって来ました。この辺も英国らしいけど、ソウルも同じなので世界はどこも一緒だなと思うのでした。
日曜日の昼食は特別にサンデーランチといって、ローストビーフを家族で食べるらしい。下宿先?のひろ子さんが手作りのサンデーランチをご馳走してくれるというので、遅れに遅れた88番バスで地下のキッチンに着いたのは午後2時過ぎでした。
英国で日曜日のローストビーフがどのくらい特別かというと、
『日曜あつあつローストビーフ
月曜日には冷えきって
火曜日にはコマ切れだ
水曜残りは挽きつぶし
木曜カレーで匂い消し
金曜日にはスープの出し
それでも肉が残ったら
土曜でとうとうカテッジ・パイ
― ロンドン旅の雑学ノート 玉村豊男著 新潮文庫 ― 』
と古歌で歌われているくらいです。
話は横道にそれますが、この本はロンドンを歩く時にはとても役には立ちませんが、それ!あるあると、英国実体験を論理的に検証してくれるとても面白い雑学で溢れています。
曰く、『多くの紳士は雨傘を買ってから捨てるまでの何年か何十年かのあいだに一度も傘を開くことがない。』
曰く、『パブの主人は、いかなる客に対しても、その理由を説明することなく酒類の販売を拒否できる!(というパブ規定がある。)』
曰く、『800年前のイギリス人は朝6時にビールを飲み、チーズを食べ、午前9時に「ディナー」を食べた。』
曰く、『自分が知っている小話(ジョーク)を人から聞かされたとき、最後まではじめてきくような顔をしてきいてそのオチに感心するのが紳士である。』
まあ、楽しいので英国旅行のお供に是非どうぞ。
ローストビーフをご馳走してくれたトニーさんご一家
さて、ローストビーフである。キッチンの食卓につくとちょうどローストビーフの焼き具合を確かめているところでした。もう少しと、肉をオーブンに戻している間にビールで喉の渇きを癒します。肉の切り分けはご主人の役目だそうで、大きな肉切りナイフを英国紳士の典型のようなトニーさんがカチャカチャいわせています。週末は日本語学校に通っている息子のアントニー君が温められたお皿を並べます。
ローストビーフが美味しそうに切り分けられ、人参、ブロッコリー、インゲン、ベイクドポテト、ヨークシャープディングと共にお皿に載ると、これがランチ?!という迫力です。ワイン蔵からトニーさんがとっておきのフランス赤ワインを出してきました。自らテイスティングをされて、親指を上にあげるグッドのポーズです。まずはワインで乾杯して、これもとっておきのパン(角のトルコ人パン屋は3ヶ月のサマーホリデーに行っていたそうで、この前やっと帰って来たのでこの美味しいパンがまた食べられるようになったとか。)にバターを塗って、ローストビーフと共に頂きます。その間にワインが一本空いて、2本目は同じ赤だけどポルトガルワインで、こっちの方が私は好きです、などと言っているうちにこれも空いて、今度はとっておきのブランデーが出てきて、お酒好きのひろ子さんはお客さんが来るとトニーはとっておきを出すから、是非また来てくださいと冗談か本当か判らないようなことを言いながら、とっておきのスティルトン・チーズ(イングリッシュ・ブルーと呼ばれる青カビチーズで、発酵が続いているので買い頃食べ頃が難しいらしい。匂いがきついのもキムチと同じ。)も出してきて、クラッカーにひなびたような独特の味のこのチーズを塗りつけて、ストレートのブランデーで流し込むとこれは天国...
お酒が飲めないアントニー君は面白くないので、『MIKADO』という台湾製のゲーム(とっておきかな?)を出してきました。40本くらいの串カツの串みたいな両端が尖った竹ヒゴに赤や青の線、螺旋などが描かれています。本当の遊び方はよく判りませんが、今日は将棋崩しみたいに山にして、1本1本他の串が動かないように交代で取ってゆきます。あー動いたぁ!とか、動かないぃ!とか言い合います。動くと次の人です。アントニー君はずるで鼻息で人の串を動かします。単純ですが、お酒を飲んでいるのでなかなかエキサイトします。
ロイヤル・オペラ・ハウスの専属フレンチ・ホルン奏者であったトニーさんは世界各国を演奏旅行で廻ったそうで、以前日本にも韓国にも寄られたらしい。もうすぐ79歳の誕生日を迎えられるそうで、今は悠悠自適の引退暮らしです。といっても1番若い孫が19歳で1番小さい子供が9歳ですから、先ほど飲んだ赤ワインは10年ものでグッドなんだ、と言われたときに、トニーさんももう10年した頃がもっとグッドですよ、と返しておきました。
日が裏庭のリンゴの木に傾く頃、今年の10月には就航を終えるというコンコルドがけたたましいジェット音を響かせリンゴの木の上を掠め、お茶にしましょうと英国伝統ミルクティーになる頃にはブランデーのボトルも大方空いて、恐るべしは英国のサンデーランチだと揺れる虚ろな脳髄で愚考するのでした。
明日は早いので...というより飲み疲れたので、もう寝ます。
もちろん明日に続く。
T.Butani in London
Sincerely,
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