モグ Essay
繋ぐ
昼下がりのビール
ソファー
添い寝
essay 繋ぐ

 午前様になった。門の取っ手が濡れている。モグが迎えに出ない。「足音を聞き落としたかな?」。扉を開けても迎えに居ない。沸き立たずしぼんでいく。
 尻尾を無茶に振り回しながら、左右に飛び跳ね、突っかかりまた逃げてまた突っかかる。僕が立ち止まるとお行儀に座って尻尾を2度振り、そして足をかけて立ち上がる。疲れると下りてそしてまた立ち上がる。毎日繰り返される儀式。
 定まったソファーにモグはいた。ノロノロと起きあがって僕に向かう。「ああ、繋がれている」。4メートルほどの鎖を引きずっている。ソファーを下りて1メートルほど近寄ったところでへたり込んだ。上目遣いに僕を見る。三角の目。「なぜだろう?!」。鎖を外してやる。尻尾を3度振り、手を舐める。「ただいま」。それだけ!。くるりと回り、尻尾を垂らしたままソファーに上がり、丸く固まる。ペチャンコだ。ソファーに掛けて背を撫でる。上目を開けて首を回して手を舐める。そして、またペチャンコ。モグの皿に鶏肉が残っている。
 息子が降りてきた。
「まだ、起きている」。危うく小言が口に付きそうになった。
「植木屋がきたんよ。殺虫剤撒いたから、寝るときは繋がんといかんよ。モグの鼻を信じたいかもしれんけど、やっぱコイツはアホやと思うし、、」と歯を磨きながら言う。
「ほやけど、モグのストレスすごいんじゃないかな?」
「雨が降って水たまりがあるからモグが飲むかもしれん、ってお母さんが言っとった」
「ふーん」
 植木屋が訪れる日はモグの厄日だ。普段は庭と家は出入り自由、庭はモグの便所でもある。植木屋が来ると吠えて悪いので、玄関に閉じこめたり、アポローチに繋いだりする。そうすると哀れな声で啼く。植木屋は1日作業をするので、食事も摂らないし排泄にも出られない。妻は散歩に連れ出すが帰ると啼く。植木屋が帰っても元気がない。スネる。スネたときのモグのお得意のポースはベタの腹這いになり前足に顎を置く。そして目を三角にして上目遣いに見る。
 息子は寝た。僕は風呂に入ってしばらく椅子に掛け、眠りが来るのを待つ。モグはソファーに固まったまま寄ってこない。「ふーん、今日のモグは重症だな」
「2時か、もう寝よう」「モグをどうしよう」。モグに近づく。モグは上目遣い。背を撫でて抱き寄せる。「どうしよう」。信じるべきか、間違いない安全をとるか。長くて重いとき。僕は鎖を手に持った。モグは逃げない。前足に顎を置いたまま鎖が繋がれる。「カチリ」。冷たく堅い音。
 「おやすみモグ」。部屋を出るとき、モグは立ち上がってこちらを見ていた。「おやすみモグ」
Smiley(^-^)Tama 2000年記
essay 昼下がりのビール

 昼から休みだ。ピアノの練習をしなくては・・・。しんどいな。昼食を焼き肉にしてビールを飲んで昼寝をする。思いついたらうきうきした。
 無念。焼き肉屋は休みだった。帰宅して妻がラーメンを仕立てた。ビールを飲みだしたらあわただしく息子と外出。大学下宿用の買い物らしい。妻は張り切っている。残されてビールを飲む。足元にモグが寝そべっている。足を載せて遊ぶ。迷惑そうだ。眠いらしい。僕がソファーにいくとモグもノタリと自分のソファーに上がる。おやすみ。すぐにモグの寝息が聞こえ出した。昼下がりのビールと仮眠。幸せかな。
 起こされた。モグが顔を舐めている。追い払ったがまた舐める。散歩の催促だ。5時。春の日暮れはまだ早い。モグの焦りが伝わる。妻たちはまだ帰っていないらしい。起き出して茶を入れる。モグは跳ね回って誘っている。行ってやろう。
 出て200メートルの角に50p直径の置き石がある。ションベン石と名付けている。夕方はいつも濡れている。モグが駆け寄って小便をかける。丹念に臭ってまた小便をかける。ピアノが聞こえてきた。モグの散歩を初めた頃は「エリーゼのために」を弾いていた。9歳くらいと聞いていた。今は高校生だ。自在にリストを弾いている。若い力は素晴らしい。羨ましい。私は老いたのだな。がんばりなさい。私もがんばろう。
 たこ焼きの匂いに誘われた。大きな玉がウリの店だ。求めた。白いビニールをぶらぶらさせて歩く。散歩中のひとたちと次々にすれ違う。目礼を交わしながら歩く。どの犬も嬉しそうだ。モグが糞をした。大きな玉を5つ。屈み込んで拾う。うんっ、白いビニール。糞を入れる袋も白いビニールだった。たこ焼きと混ざりそうで気が悪い。左右の手に分けて持つことにした。ぶらぶら、ぶらぶら。こっちがウンコ、こっちがたこ焼き。散歩ぶらぶら、ぶらぶら。こっちがウンコ、こっちがたこ焼き。
 日が傾いてきた。帰ろうかね。そろそろ妻たちも戻るだろう。たこ焼きでビールにしようね。夕食はなんだろうね。
Smiley(^-^)Tama 2002年3月1日記
essay ソファー

夜半ほろ酔いで帰宅すると、避妊手術のため2日間入院していたモグが犬小屋でうずくまっていた。まん丸く丸まって動かない。浅い息。涙を浮かべているように見える。痛いだろう。モグには何が起こったのか分からないだろう。じっと耐えている。健気だ。申し訳ない。「犬などという畜生は大嫌いだ」と言い渡してあった。家長の私に了解なく持ち込まれた犬だ。だが、”生かしてやるのだから”と言って、こちらの都合で手術をすることには疼きがあった。嫌いなはずの犬ではあるが、とりあえずは我が家で生を共にしている。今晩は犬小屋に独りぼっちにしてはおけないだろう。仕方がない。看てやろう。僕は小さく舌打ちしながら、モグを犬小屋から引っ張り出した。モグは腕の中で僅かに首を回して、弱々しい眼で僕の眼を探る。「大丈夫だ。任せなさい」。モグは目を離して僕の腕に顎を預ける。あ〜お前、懸命に頑張ってるな。我慢強い子だ。いい子だ。揺らないように運んで、ソファーに載せた。小一時間、身動きしないモグを見ていて、ソファーの下に布団を敷いて寝ることにした。未明、丸一日水を飲んでいないと聞き、小皿に水を入れて口元に運んだが飲まない。思案して手にすくってやった。口元に指を持っていくと、丸くなったままで少し首を起こして、おずおずと指を舐めた。濡れた冷たい指にモグの柔らかい舌の温かさが伝わる。僕は頭の芯が痺れた。何度も水をすくった。指をつたってソファーにボタボタと水がこぼれた。モグが僕の指をつたう水を舐める。そうだ、それでいい。舐めなさい。頑張りなさい。可愛いね、可愛いね。お前は可愛いね。
モグは1週間ですっかり元気なったが、以来僕の姿を見かけると「家の中に入れて!」と窓を叩くようになった。その度に、家族の非難をうけながら、僕はモグを入れた。モグがいつ頃から家の中を堂々と闊歩するようになったかは覚えていない。当初は家の中を歩くことは許されてなかった。僕がこっそり入れてやると、一目散にソファーに駆け上がった。”ここなら、いいでショッ!。追い出さないで・・・”。そんな必死の顔をしていた。いいよ、いいよ。ソファーが家の中でのモグの居場所になった。僕とモグはソファーを兼用していた。僕がソファーに寝ているとモグはとても悲しそうな顔をする。ソファーの下に腹這いになって、恨めしそうに上目遣いに見ている。そして僕が立ち去ると同時にソファーに駆け上がる。しばらくして、僕専用のソファーを購入してソファー争奪戦は決着した。ソファーの位置はずらしたが、モグは迷わず馴染みのソファーを選択した。
今春、モグのソファーが汚くなったので新品に替えた。粗大ゴミ廃棄の二重手間を面倒がって、古いソファーは同時に捨ててしまった。一抹の不安はあったのだが、案の定、折角の新しいソファーにモグは一歩も上がらない。玄関先のマットや廊下など、定まらない場所でウロウロと寝るようになった。僕はどうにかソファーで寝させようと、ジャーキーでつったり、手本にソファーで寝て見せたり、無理矢理ソファーに押しつけたりした。が、モグは頑として聞き入れない。” お気に入りのソファーを承諾なしに買い換えた”とモグは非難している。悲しんでいる。僕は後悔した。あのソファーはお父さんにとってもお前との思い出の場所だった。つまらないことをした。晩酌をして振り返えれば、必ず寝そべっているはずのソファーにモグの姿がない。たまらず寂しい。悔恨の6ヶ月だった。
秋。ずいぶんと冷え込んできた。春以来、初めて身を縮ませながら寝床を離れた。あ!、モグがソファーの上で丸くなっている!。僕の胸はポクンと凹んだ。そっと近づいて、撫でた。柔らかく何度も何度も撫でた。モグは迷惑そうに眠たい眼を開けてチョロリと僕の手を舐めた。あ〜あ〜良かった。許してくれたんだね。忘れてはいなかったんだね。
出かけるとき振り返ると、モグはそこがずっと自分の住みかだったかのように、泰然として、片目を開け、片耳を立て、しっぽをお義理に振って、めんどくさそうにイッテラッシャイをした。横着だね。僕は込み上げる笑みで口元をゆるめたまま、玄関を出た。
Smiley(^-^)Tama 2003年10月21日記
essay 添い寝

モグは8歳になった。犬の8才は人年齢では50歳超、僕と同い年くらいらしい。モグは歳をとって寂しがり屋になったのだろうか、最近僕の寝室で眠りたがる。
今年1月の風の強い日が始まりだった。2階の寝室に向かう僕を追い抜いて駆け上がり、ドアの前でしっぽを振り続ける。「ダメですよ」と追い払おうとしても頑として退かず、ドアを開けると同時に入ってしまった。確かにその日は風が強く、モグが怯えているのは分かっていたので、ついついベッド下で寝かせてしまった。それから、雪が降る、風が強い、強雨が降る、寒い、隣でひとが騒ぐ、息子が帰った、などなど、ことあるごとに色々と理由をつけて寝室に入ってくるようになった。
初めの頃は遠慮気味にドアの前でしっぽを振って待っていたのだが、いつしかドアをノックして眠っている僕を起こすようになった。最近では隣の部屋で寝ている帰省中の息子が「モグのノックがうるさい!!」と怒って階段を封鎖したりしたが、僕は可哀相なので解除した。しかし確かに一日おきに夜中に起こされるようになったので、少し困っている。寝室のカーペットに匂いが染みつくのは困るので、今日昼休みにモグ用の敷物を用立てに行った。
ミグも間もなく老年だ。介護が必要な時期もさほど遠くはないのだろう。毎日執拗に要求する散歩が面倒くさいときもあるが、しかしいつまで出来るのか、残された時間が短くなると大切に思えて来る。夜中にドアを開けてやると、僕の足元をすり抜けてベッドの枕元のコーナーへ一目散に駆け込み、直ちに寝たふりをする。ベッドの下に眠るモグを撫でながら、次の眠りがくるのを待つのが楽しみのひとつになった。
Smiley(^-^)Tama 2005年5月24日記