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Amatua おじさん Jazz Pianist
Smilly Tamaのジャズ・ピアノ日記

2001年
1月 2月 3月 4月 5月
別冊
権之笑
日記
2001年6月
Jorduを裏拍で弾く練習を1時間。
Joy Springを裏拍で弾く練習を2時間。136まで速くなった。でも苦しい。このあたりの早さで感じ方が変わってしまう。息をついたときに遅れる。
Joy Springのテーマとアドリブの練習。Joy Springのアドリブは当面書きアドリブしようと思い立ち犬の散歩に行ったら、そのまま帰ってビールを飲んで眠ってしまった。夕方見舞いに行って1日が終わった。不眠。
Joy Springの書きアドリブを1コーラス創った。有効な練習になる。数年前に比べてすぐに書きアドリブが出来るし、練習にも有効な感じだ。辛島トリオを聴いた。うまいね。フォルテフォルテでもやかましくない。音がクリアだからだろう。真似してみよう。
Joy Springの書きアドリブの2コーラス目を創った。簡単なアドリブならすぐに出来るものだな。かっこよくはないけど役に立ちそうだ。辛島さんの真似は徒労だった。
昼間アルバイトしたり見舞いしたりで疲れて木曜の練習に行ったらやっぱりダメだった。ときどきジャズの根底に流れる「なにか含んだ感じや屈託」がうっとうしくなる。ただ激しくあっけらかんと音楽をしたい気分がある。中学生のとき、ツイストアンドシャウトを怒鳴り散らして歌った爽快感が懐かしい。内田修一さんのドラムと(Vo)で初ご一緒した。
会合。酒好で2時まで飲んでしまった。高校の同級生が50歳になってからピアノを始めたとのこと。いっぱいウンチクを垂れてしまった。50歳になってからのピアノ体験を実践してくれると良いな。
今日も酒好で泥酔。歌謡曲を弾いて楽しかった。ときどきヨソゴトで遊ぶととても楽しい。
10 二日酔いと見舞いとサッカー決勝で1日が終わった。なんと練習なし。反省しきり。
11 職域バンドの練習日。10月末または11月初めにダンスパティーを開くことで大筋がまとまった。
12 Joy Springの書きアドリブを練習した。G♭とはかくも弾き慣れない。黒鍵を連続で弾くことに習熟していないのがよく分かる。
13 昨夜の不眠がたたって帰宅後熟睡2時間。県の文化振興のことを耳にした。
14 木曜の練習。ピアノを最近始めた同級生が来てくれた。どう感じたかな?。続けてくれると良いのだが、。録音にしくじった。新しいMDは本当に良くない。改悪だ。録音がないのでどうだったか言えないのだが、やってるときは落ち着いていた。Joy Springはやってて楽しくはなかったが無難だったと思う。Song For My FatherはAsがよくって驚いた。少し煽られ気味になった。拍子がツマル。Voの伴奏はVoが強めに歌って気持ちよかった。少し弾きすぎたかもしれない。楽しい木曜日だった。
15 池田和夫さんが亡くなった。池田和夫さんは松山商科大学(松山大学)のジャズ同好会ジャズ・フォーの初代マネジャーで松山大学ジャズ創始者のひとりだ。学生時代からデュエット(現存・当時はジャズ喫茶だった)でバイトをして松山のジャズシーンの一役を担っていた。「瓶の底」という当時ナウかったスナックでバーテンをされていた。僕は18歳、卒業の3月だった。「瓶の底」が僕の夜の街の始まりだった。女に不自由しない男とそうでない自分との運命を知ったのもこの店だったな。池田さんは独立して「ジョーカー」を出した。カウンターと広いボックス席があるスナックだった。夏休みに帰ると同期生が彼の店に毎晩集まった。金は誰ももっていなかった。10人集まって全財産2000円で飲ませてもらった。サントリーのホワイトをキープした。当時でもホワイトのキープは常識ではなかった。特別においてくれたのだ。「出世払いよ」と言っていた。一般のお客さんの邪魔にならないように一番奥のボックス席が僕たちの定番だった。僕たちはずっと彼の思いやりに感謝している。僕たちにはうんとお兄さんだった。池田さんは25歳だったのだな。その後場所を変えてカサノバ亭を開業。学生時代のジャズギターをの弾き語りですごく流行っていた。でも彼は自分の職業はバーテンダーであってバテンダーの本質はバーにある」と覚悟して「ゾラ」に専念した。池田さんはバーテンダー協会の指導者だった。書ききれない。急ぐことはない。池田さんを偲んでいろいろな人の話を聞こう。グレッチジャムセッションだった。
17 午前中2時間、権之笑の練習をした。練習不足がたたっている。午後から音楽系の会議。大きな進展があった。終日少し興奮状態が続く。
18 「歩行町じゃず倶楽部」の創設の準備にかかりきり。会則案、趣意書、会員募集名簿を作った。急ぐ必要がある。権之笑の練習は出来ずじまい。今治じゃずストリートに1時間枠をもらった。1時間枠というのが予想外で狼狽している。40分を予定していた。あたふたする自分が情けない。7月20日まで1ヶ月、計画的な練習が大切だ。生活面含めたセルフ・コントロールを考え直してみたい。
19 MocaMocaでのライブが始まった。やっとMocaMoca開店の意義を表現した。ロフト倶楽部に似ているが、経営者のみならずバーテンも女が主体であるところに大きな違いがあるのかな?。そうとすれば、客が女中心になるかどうかがポイントだがどうだろう。G♭の練習をちょこちょこしている。
20 家庭教師来訪にて練習不可。Joy Springの書きアドリブを追加。
21 ピアノが荒れてどうにもならないのでレッスンに行く。ドミナントの解決が出来てないのでJoy Springを書きフレーズにして練習開始。アクセントを大切に!。木曜練習は無難に納めた。「歩行町じゃず倶楽部」は何をするのかはこれからの課題。まずは結成して活動を開始したい。
22 上行・下行のフレーズが多いとの指摘にて、Jorduのウネウネの書きフレーズを用意した。
23 上記のJoy SpringとJorduの練習を2時間。
24 3時間の練習。アクセントを充分に付けるようにとの指導にてやってみるが、アクセントの表現そのものに問題があるよう。アクセントの法則はないのかな?。職域バンドの女性ボーカルが決まった。依頼したら即時快諾。次第明快。気持ちがいい。ウジウジした女は生来好きになれない。女らしい女に憧れるが巡り会えないのは、自分の性分が主因かもしれない。
25 職域バンドの練習日。女性ボーカルの初参加だった。私の推薦だったので少々心配したが杞憂だった。楽しそうに歌うのがよい。仲間も満足したよう。久しぶりにキーストーンに寄った。S氏のドラムが入ったトリオを久々に聴いて感動。繊細で洒落ている。S氏がドラムを叩くのは最近珍しいとのこと。なぜだろう。惜しいね。
26 昨夜のベース(Miss.K)はとってもよかったと僕(と酔っぱらいおじさん達)は思った。テンポ感が良いし音楽的だし、、。それに割かしMiss.Kの自然なパーフォーマンスが魅力だった。華かな?。歌もよかった。強く歌っていた。ブルースは×。イントロのベースソロのテンポが通常より遅かったけれど、それはそれでベースとボーカルのデュオはとってもよかった。その後のブルースが××。人のことはなんとでも言えて楽しい。ウネウネとアクセントの練習を1時間。アクセントは分からない。
27 Joy SpringのU→X→Tの練習を2時間。夜、2つ会合が続いた。EJNの会則案を相談した。おもしろかった。実にいい加減な文面だが実に現実的である。「法治より人治」
28 バンドでJoy Springの練習をしたかったが東京からのお客さんが来ていて1曲しか参加できなかった。1週間違えて笹の葉を用意したので、とりあえず七夕会をした。Wさん、引っ越しにて欠席。徳島ジャズストリートに参加申し込みをしていたが返事なく落選と諦めていたら、今日了承の連絡があった。大慌て。ベースが仕事を入れている由、調整が必要。
30 金、土と久しぶりに夜を家で過ごす。体が楽。いよいよジャズストリートが迫ってきて、追い込みが必要だ。金、土と各2時間練習した。
Smilly(^-^)Tama