Amatua おじさん Jazz Pianist
Smiley Tama'
ジャズ・ピアノ日記

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10月
職域の大会。一言も発言せずに終了後も直ちに立ち去った。私達の15年が終わる最後の人事が行われているはずだ。人事の中にいない者が居ては邪魔だろう。様相が脳裏に浮かぶだけに、一層独りで居るのが良いと判断した。飲んで12時帰宅。
RCで消防学校に行く。目の輝きをテーマに考えたい。母を見舞う。割と元気だ。今年は最近3年間の9月の中では一番軽症だったように思う。夜は木曜バンド。グレッチは椅子の移動をしたままにしている。グレッチも新しい配列が気に入ったようだ。位置が変わってフロントとアイ・コンタクトをとれるようになった。だのにサックスもギターも楽譜に目が釘付けになっている。ギターにコードを憶えるように要望した。
「ビートルズ日本盤よ、永遠に」を読んだ。日本におけるリアルタイムのビートルズというコンセプトだ。面白かった。著者は1949年生まれ。「プリーズ・プリーズ・ミーを進駐軍放送で中学2年生で聴いた」と書いてある。私も「9500万人のポピュラーリクエスト」で中学2年生で聴いたと記憶している。同級生だ。ただ、この人は「ベンチャーズは1年遅れで日本に紹介された」とあり、私の児島正夫が「プリーズ・プリーズ・ミー(「抱きしめたい」ではなかった)」と「10番街の殺人」を同日に紹介したとの記憶と違う。メイルで確かめが、間違いなく中2の4月だった。鮮明な記憶がある。なにしろ衝撃的だった。小さなラジオに耳をこすりつけるようにして聴いた。聴き終わった後の独り興奮。そして翌日学校で、ビートルズとベンチャーズを熱く語り合ったことを思い出す(僕はビートズとベントーズだと思った)。
この本では「ビートルズの熱狂はプロモーターが創ったもの」という観点からも紹介しているが、私(私達、田舎の男中学生)は「聴いた瞬間に衝撃を受けた」のであって、大人の意図とは無関係だったと覚えている。「エレキギターを日本に普及させたのはベンチャーズであって、ビートルズではない」「レコードの売上枚数はベンチャーズの100万に対して、ビートルズは10万(10倍)」「日本における真のビートルズのファンは一部の中・高校男子だった」などの論を、ひとつひとつ頷きながら読んだ。夜は家にいた。
メイルを書いていて、ふと、大学時代を思い出した。僕は「代返」のおかげで大学を卒業できた。替わりに、僕の下宿は「スナックT」と呼ばれていた。下宿に酒が切れると、大阪近辺の友達宅を巡回して贈答の酒を集めて回った。昔は仲間の家にたくさん酒があった。「こんにちわ、Tで〜す、お酒下さ〜い」って尋ねた。必ずしも「良い友達が来た!」と歓迎されていたわけではなかったようにも思う。毎月20〜30本のオールドが空いていた。懐かしい。倉庫を開けて酒を提供してくれたご両親方も大半は亡くなった。夕方、「ピアノを練習しなくってわ」と思いつつ何もせず、夜はHPを2編書いて2時就寝。
9時起床。10時からオジバン練習開始。
Cleopatra's Dream Fly Me To The Moon
On The Slow Boat To China Billie's Bounce
Autumn Leaves(Bossa) Softly,As Morning Sunrise
全曲を一通り確認する。やはり個人練習は必須だ。左のコードの押さえ方・サウンド・アドリブと確認していくと、色々な発見があり問題点も見つかる。3時まで4時間程度集中できた。3時からモグの散歩、母の見舞いと慌ただしく、U氏と約束の4時30分にグレッチ着。グレッチは開店してなくU氏は4時50分着。国際ホテルで3500の定食を頼むが旨かった。ビール3杯。旧交を温め今晩の佐野ライブの方針を確認して少し安堵。
9分の入り。8割をJAOが販売した印象だ。1stセットはエレキベースの音が大きく16ビート感覚の曲が多い。やはり50歳以上の人には不興だったようで10人程度が帰った。CD発売記念ライブなので当然ながらCDコピーが多い。僕はジャズライブおたくになっているようだ。ライブ感が弱くなると退屈する。2ndセットはジャズ曲が増えて、テンションも上がった感じになった。途中から酔いすぎた。こころの整理をつけてライブに望んだつもりだったが、やはり状況があやふやな現場にいて落ち着かない気分だった。何かが違うのだ。「これからは完全に納得できる作業以外はしない」と心に置いた。12時帰宅。
7時30分からMONKで第2回おいでや!JAZZ実行委員会。昼間にサンジェルマンのH氏に電話で趣旨説明をして協力の了解を得た。@プログラムの承認A印刷物は石氏へ原案一任B予算旅費5000円・宿泊費5000円で了承C名称 おいでや!JAZZ ライブリレー 2004 えひめ。実行委員会終了後グレッチで東京の石田氏と2時まで飲む。和気藹々・オジバン当時の仲間気分が戻り楽しい。たいへん珍しいことなのだが、ギターのA氏が飲んでいて普段と違って強気発言。「前を向いてしっかり演奏しよう」と約束した。2時帰宅。いささか飲み過ぎた。
9時おじばん練習。ミニミニライブ一週前にて6曲を集中練習。まとまってきている感じだ。もう少し練習が終了してからバンド運営や曲の解釈などを話し合いたいが、それぞれの思惑があってままならない。仕方がないか。1時帰宅。
3晩遅くまで飲んだので、流石に夜は家にいて仮眠した。ピアノ練習はなし。HPを更新した。
RCで川之江出身の朱子学の二洲の卓話を聞くも、いささか退屈。朱子学と陽明学の関係をすっかり忘れていたので思い出せると思ったのだが、学問の内容についての追求が全くない。郷土紹介にはこの種の羅列話にときどき遭遇する。「はしゃぎすぎず、じっくり物事を探求しなさい」という教えがあり、自分のことかと少々反省。コーヒーを飲んみながらスターバックスの日本出店を会話する。米国には日本の喫茶店様式がなく、マクドナルドやケンタッキーがその役を担っていたのだと聞く。その隙間需要をスターバックスがさらったのだと・・。なるほど。日本には既に喫茶店があったために、日本スターバックスはコヒーを多品種を揃えることになったらしいと推察する。ならばさして成功しないなと思う。既に出店過多にて撤退を始めていると聞く。僕は古いタイプの喫茶店が好きなので、スターバックスは早々に撤退してもらっても一向に構わない。三越でライブ用の帽子を買った。いよいよ天頂禿が際だってきて、不快感を与えそうなので仕方がない。母を見舞って夕方帰宅。9時グレッチ。ギターのA氏が約束通り、EstateとSatin Dollはしっかりと弾いた。嬉しかったがその後また自閉症スタイルに戻ってしまった。2時帰宅。
10 朱子学と陽明学をネットサーフィンで簡単にお勉強。 朱子学は”「尊王賤覇」というもので、簡単に言うと”「王」即ち皇帝を尊び、覇者を蔑むということ”なのだそうだ。物事の仕組みや意味が分からなかったら、ひたすら朱子学の本を読みなさい。憶えなさい。そうすれば必ずその中に教えがある。「分からない」のは読み方が足りないからだ。もっと謙虚に懸命に朱子学を学びなさい。という教えらしい。この朱子学に疑問を持って「もっと自由に自分で考えましょ」って挑戦したのが陽明学らしい。朱子学は実に保守的でイデオロギーを感じる。いかにもセコく発展性がない。江戸中期以降の日本の進歩を押さえ込んだ学問体系と判断する。「学ぶ必要はない」と判断した。夜は在宅した。
11 夕方外食。飲んで眠って1時帰宅。それで不眠で5時に寝付く。連休開始として最悪の事態。
12 11時起床。起床後も中央ユーラシアの歴史を読んだり眠ったりで3時まで過ごす。中央ユーラシアの7世紀からモンゴルまでの歴史だが、これは面白かった。契丹とか兇奴とか、漢語で憶えるとついつい悪役に思えるので、歴史を思い違えてしまう。中華思想が危険思想であり、また偏狭な思考し陥ることを実感した。遊牧民族の思考に多い巡らせて楽しかった。が、生活としては最悪。5時に母と食事。8時からシュガービレッジに行く。田部氏のサックスは聴き応えがあり、MDQのファストスウィングへの挑戦も段々と上達していると感じる。「シュガービレッジ」と「おいでや!JAZZ」のとコンセプトの違いが自分の頭の中で一層実感そして捉えることが出来るようになった。それぞれに継続の努力をすれば良いと信じる。MONKでRCの若手幹事に会い飲んだ。本昼野球の四国大会で優勝したとのことにて打ち上げの流れらしい。RCについて少々を尋ねるが、実体はまだ分からない。自分自身が深く関わるかどうかも決めていない。12時帰宅。
13 9時起床。1時からピアノ練習。明日のライブ曲は全曲通しで練習した。全て暗譜を確認したが、明日は楽譜なしでしようかどうか、まだ迷っている。On The Slow Boat To Chinaが楽しく、アドリブを繰り返し試してみた。Cleopatra's DreamはGm一発ものだが、D7を自在にする練習が不足している。Softly,As Morning SunriseもCm一発だ。若い人達は一発ものを好むが、それが好みなのか、それともコード進行やスケール・フレーズを憶えていないから、一発を楽しもうとするのか疑問だ。もう少しコード進行の中で歌う練習をすべきだと思うのだが・・。練習は1時から3時、5時から6時、8時から9時の計4時間。連休で4時間の練習は余りにも少ない。サボってしまった。モグの散歩中に眼鏡屋によって、明日のライブ用の眼鏡をあつらえた。度のないレンズにした。
14
連休明けにてやはり忙しく仕事中には練習できず。8時30分着。おじばんの二人は先着している。予定客はゼロ。グレッチの席を新方式で14席並べると4席机のない席が出きる。この4席は不要だし邪魔だ。この4席で一挙に窮屈感が出る。詰め込んだ安物のイメージだ。採算性は問題でないのだから最大でも12席とするのが良かろう。これは予想通り。Satin Dollを控えめの音量で練習したら、これが良い。実はこれが後で禍となる。9時には10名が集まったが、あきこさんが未着なのでGiftで始める。音が聞こえにくい。籠もる。人が入ったからだ。それに新方式はフルートの立ち位置が少し遠い。全員の緊張感もあってノリが悪くテンポも危ない。僕が一番危ない。みんなSatin Dollを控えめの音量で演っている。後で分かったが、近い客席ではこの小さめの音量が心地よかったらしい。演奏者との感覚のズレがある。と言うより普段の音量が大きすぎるのかも知れない。Cleopatra's Dreamの2コードのバッキングで表裏になるので自分が怖くなった。Fly Me To The MoonとOn The Slow Boat To Chinaはまあまあかな。Watermelon Manはピアノに回ってきたときビート感がまるでないので困った。MCは取り止めはなかったのだが、あとで「優しい口調で気持ちが軽くなった」と評を受けた。このミニミニライブはMCに気負わない方が良いと知った。最後の2曲Autumn Leaves(Bossa)から音量を大きくした。この曲は良かったらしいが、Softly,As Morning Sunriseも同じような音量で、しかも気負いが入った。聴き手には辛かったようだ。大音量の曲は1曲で良いのだと知った。しかもアンコールはブルース。ガンガンいきすぎた。いろいろ反省点はあるが、それでも今回のライブは実に爽やかだった。私が味付けしたこのライブの特性は1)椅子の配置を換えて、客席を半円で囲むようなステージの感じにした。2)案内客を若い客12人限定した。3)1ステージ60分にした。4)普段の練習の延長上と規定した 5)ステージを振る舞わず、礼節を守って自然に客と接するよう心がけた。などだ。場所代が無料のお陰で、チャージやチケットがないこともあって、アマチュアとして実に自然なライブが出来たと感じた。
今回の「AKIKO&ELIJA with OJIBANUミニミニあったかライブ」は僕が15年間目指していたものへの端緒を得たような気がして嬉しかった。発表会ではなく、演奏会ではなく、素人ライブそのもの、大仰に言えば「地域素人音楽会のあり方」を見つけたのではないかと思った。
1)グレッチは無料で場を開放してくれている。これが第一歩。
2)そのおかげもあり、演奏者は音楽に関しての一切の代償を得ていない。
3)お客さんは前の方には「ライブを応援するサポーターで固めて」、中と後ろに「熟練のサポーター(篠原さんやからすさん)が居て、拍手や声援でライブを盛り上げる。更に後方にライブに関係のないお客さん。
4)演奏は聴き手が楽しめるための最低限の音楽性は維持している(と思う(^。^;))
5)プロとの明確な差別化(区別化かな?)が段々ハッキリしてきた。
永年心定まらずにいた「私にとっての素人音楽のこれからのむ道」が定まって安堵しています。
それにしても「とりあえずフロントに華がある」ということが僕を楽にしている。邪道かも知れないが、これも途上の作戦だ。どう思われようと、とりあえずは自分を誉めたい。「華はなくとも素人ライブが出来るかどうかのかどうか」は、将来また考えたい。
15 「おいでや!JAZZ ライブ・リレー IN えひめ」のうち合わせでI氏と約束していたがキャンセルあり、休息とする。Estateを1時間練習。
16 RCで仲間のムセン・デンワの卓話を聞く。「おいでや!JAZZ ライブ・リレー IN えひめ」のプログラムがほぼ完成するも、かちまちJCのバンドが決まらない。急き立てて、作業を進めたい。
今治「オールド」ライブについてお願いメイルを送った。 1)演奏を売り物にしないで下さい。2)ギャラは不要です。
3)温かいこころで”演奏をする招待客”として歓迎してください。
ついでに、あったかミニミニライブの基本方針も1)人数は10人2)1時間1ステージ3)演奏組と応援組で創る幸せの1時間を目指す(ミュージシャンと客ではない)4)あたかい心配りと礼節が基本 と整理した。
夜は木曜バンド。Estateのスコアーを暗記して楽譜なしで演奏する決意をする。で、サビのアドリブ途中で行方不明になった。残念。ラバカンの歌番がまずい。8分音譜を無理して弾かずに、大きくフレーズを歌うように奨められた。やってみたい。だが、新居浜ジャズビレッジは45分ステージでピアノが3人も出演するので、僕は敢えて長く出演する希望はない。サンジェルマンのH氏に「おいでや!JAZZ ライブ・リレー IN えひめ」のご挨拶と説明に伺う心つもりだ。今晩も飲み過ぎた。
17 少し仕事が忙しくなった。昼休みに、坊っちゃんジャズフェスティバルの広報依頼のファクシミリをマスコミ10社に送った。夕方の一番忙しい時間帯に3社から電話があり、丁寧に受けて、それを担当に連絡したら、むちゃくちゃにあわただしかった。自分で出演したり取材を受ければ簡単なのだが、過去の出演経験で、ハゲデブおじさんがテレビで「ジャズ・ライブするからきてね〜え(^.^)/~~~!」と言ってみても、宣伝効果はない。なにしろ自分で見ていて吐き気がした。だから出演は若い人達に任せるのが良いのだが手間はかかる。今晩のジャムセッションの準備連絡をして、8時にグレッチ着。ボーカルセッションから始めたのだが、慣れてないバンド構成、色々な楽器が入ってきてリズムのポイントも様々なので音楽にならない。ボーカルセッションはピアノトリオでやりたいと思って準備したのだが、ままならない。セッションリーダーとして仕切たいのだが、自前のバンドを持たない人達は演りたくてうずうずしているのだろうと思うと強くは言えない。でしゃばり過ぎたくもないし・・・。9時にピアノが来たので早々に退出してY氏と酒好で飲む。音楽の悩みを聞くうちに「僕の10年前の嘆きと同じだ」と知った。きついがY氏の移動度を強く指摘して「出来ないことは、出来ない理由を納得して、目的を限定して練習する」ように奨めてみた。11時帰宅。
18 職域勉強会。内容はたいへん面白かった。講師は25年前の学生だった。懐かしかった。出席者が少ない。解決策を思いつくが立場にないのが少々寂しい。8時酒好で飲み、クラシック系のフルートとアマチュアおじさんサックスが初来店。AKIKO教室の生徒だった。またウンチクをたれてしまった。7年習っている割には音楽の基本的な知識があまりにも不足だと思う。モカモカに行って1時帰宅。
19 1週間の飲み続けで疲れ切って、今日の日曜日は完全休息日にした。8時起床、9時から部屋の片づけをしなから大リーグのワールドシリーズを観戦。1時から昼寝をして5時モグに顔を舐められて起床。散歩。夕食後日本シリーズ観戦、ボロ負け。ピアノ練習ゼロ。意欲がないな。
20 「おいでや!JAZZ ライブ・リレー IN えひめ」のチラシ製作のためにI氏と6時30分より打ち合わせ。印刷屋にも同席して貰って大枠が出来た。そのまま飲みに出て焼き肉・酒好で泥酔。泥酔して弾いたI氏のバラッドが「一味優れている」・・本当はだいぶん違う・・どう違うのかやはり分からない。それが口惜しい。12時前に帰宅。
21 火曜日に家にいるのは久しぶりだ。職域のY氏(ベース)が職域音楽会へ出演希望を伝えてきた。2年前にベースを習い始めたときは「人前演奏は希望しない」と言っていた。当時は「人前演奏を目的にしないベースは考えられない」と諭してみたが了解を得なかった。「初心の間に将来を伝える必要はない」のだと知った。年輪を重ねる間に人は自ずと変わるのだ。嬉しい限りなので準備を開始する。曲はAll Of meと you and Night and Musicなので後者を弾いてみる。4小節目にFmに変化するのに慣れる必要を感じた。1時間練習。飲まずに1時就寝。
22 RC入会して3ヶ月たつが会員の名前を覚えていない。仲良しにメイルしたら、良く憶えている。私は職業柄また横着な性格が災いして、名前を覚える習性がない。だいたい名刺交換さえも滅多にしない。ライブをするようになって、応援の方々と名刺交換をすることをやっと憶えたくらいだ。折角の対外活動なのだから、この際訓練してみようと思い立ち、名簿の写真と見比べてみるが、だめだ。記憶力が乏しいうえに、セックスアピール度ゼロのおじさん達の顔は極めて覚えにくい。しかし、60数名、どうにかしないといけない。
23 RCは夜なので昼間ピアノの基礎練習1時間。6時00分にRC着を逆算すると、3時30分には出かける準備を開始しないと間に合わないのに気付いた。3時30分モグの散歩、4時00分風呂、4時30分出発、5時母を見舞い、6時前にRCに着いた。一番乗りだ。今日は会員の顔を覚える決意だ。昨日の予習が多少は役立ち、5割くらいは分かるようになった。が、同期の仲間に比べて、断然負けている。弱いな〜あ。教えて貰いながら声を出して名前を呼ぶ。1週間後には半分は忘れているだろけど仕方がない。面白くないけど必要な作業は、早い段階で一度詰めて覚えてしまわないと、いつまでもあやふやになる。地道に確実に覚えていこう。8時に酒好で準備会開始。9時に一名帰ってしまって本当にがっかり。でも、残りで大いに飲み語って12時に散会。途中会話で「おいでや!JAZZ ライブ・リレー IN えひめ」のお迎えバンドにビートルズのギターバンドの提案があり、任せる心を固めた。音楽的にもイベントの将来性のためにも、人脈的にも、「ジャズに拘らない考え方を盛り込むことが面白い」と気付いてワクワクしている。ワインの店を探して行ったが、はずれ。グレッチに行って2時30分まで飲んだ。最後の方は記憶が乏しい。
24 ひどいめに二日酔い。これはヒドイ。酔っている。「日本茶に梅干し」と言う超日本的・古典的な治療法を教えてもらい、茶をがぶ飲みするも夕方まで続く。幸いヒマなのでぼ〜とした頭でメイルを書いて一日を過ごす。生産的・創造的な作業は一切無理で、詫び状とか感謝状とか定型の挨拶文とか、書き遅れていたメイルを一挙に終了した。夕方一眠りしてだいぶん回復したので「おいでや!JAZZ ライブ・リレー IN えひめ」の最終スケジュール案を纏めた。今後の作業を急ぐ必要がある。1時就寝。飲まず。
25 まだ少し酔い疲れが残るが、昨朝に比べれば天国気分。坊ちゃんJFのプログラム原稿の締切なので、寄付のお願いや紹介文の構成にとりかかる。3時にようやく作業を終えて帰宅。ただちにモグの散歩。5時に出かけて母を見舞い、6時に職域の会合。勉強モードに気分転換!。と思いきや入場するといきなり、K先輩に腕をひかれる。「これやる。使え。要るやろ」。英語の説明書。「なんですね?」「自分で読め。使え!」。席について読み始める。「毛のないところにアルコールで皮膚を拭いてから貼れ」とある。「発毛剤か?」と読み進むと、どうも違う。発情剤と判断。薬効が書いてない。アヤシイ!。先輩は先に僕に使わせて、効果や副作用を確認してから、自分も使用しようと企んでいるらしい。彼は60歳。50歳までは実に女癖の悪いヤツだった。仕事は大胆にして細心、人望・声望ともに高い。フォーマルもカジュアルも着こなして、恰幅が良い。知らない人は清廉・誠実の一途だと信じている。知っている人は知っている。実に女癖が悪い。職場内であろう、客であろうと、老若も拘らない。始末の悪い女癖だ。しかもバレない。とは言っても、2回は離婚している。10年前に12歳年下の美人をヨメにして、以来はおとなしくしていた(みんながフシギがっていた)のだげ、こんな薬を僕に試させようとするところを見ると、そろそろ癖が出はじめたのだろう。人に先に試させようとするとは悪いヤツだ。でも一応、薬は内ポケットにしまう。懇親会で乾杯の音頭を依頼される。見渡すともうひとりだけ年上が残っていたので勘弁してもらった。この中ではもう私は2番目の年寄りだ。職域団体の役員人事が近いので、相応しい若い人達をたきつける。だが上の役職を得なかった私が担える作業はほとんどない。早めに出て、紹介されたワインの店に向かう。良い雰囲気だ。ジャズとワインのおたくらしい。2杯飲んでヨレヨレし始めたので早々に退出。ワインはどうにも飲みこなせない。酒好によって10時帰宅。11時から「HPのモグのソファー」を書き直す。センチメンタルになるのはワインのせいか?。秋の気配か?。2時就寝。
26 9時起床。快晴。モグはまとわりついて散歩をねだる。でも今日はヴォーキングを思いついている。先のRCで「長時間歩く場合には帰りを考えてはいけない。行けるだけ行って帰りはタクシーに乗るのが良い」と聞いた。「帰りを考えれば余力を必要とする」との論だ。深く納得。で、行きつけのバイキング食堂まで歩くことにした。1時間10分。思いのほか楽しい時間だった。助言通りタクシーで12時帰宅。大リーグ決勝の8回。フロリダ・マーリンズの優勝シーンを微笑みながら見る。アメリカ人の傲慢と無批判の勝者礼賛を具現するヤンキースを応援する気分にはなれない。見終わって直ちにモグを洗う。2時からジーンズ(つなぎ)を求めて、「でっかいサイズがあった」というアウトレットまでドライブするがウエストサイズがない。無駄足。アウトレットとはブランド名だと思っていた。安売り店という意味らしい。サイズが揃っていないのを当然視していた。もう行かない。諦めて3時帰宅。モグ散歩、たこ焼きを買って4時帰宅。準備して5時出発。母を見舞って7時にJバンドのライブに入る。 Jバンドはだいぶん肩の力が抜けてきた感じだ。プロのステージとは違って、アマチュアライブは”サラリと歌い綴る”のが似つかわしいと思う。「プロとアマが心地よく混じり合った感じの良いライブだ」と感じた。なによりも、 5月に亡くなったT氏とJ氏との3年間を淡々と綴るライブだった。T氏との色々なシーンが思い浮かんできた。T氏はきっと喜んでいる。5杯飲んだら、ちょっと浮ついてきて、おね〜さん方を口説いてみたけど、相手にされず。9時帰宅。阪神負けて第7戦に持ち越される。
27 疲れがある。仕事が忙しい。今日は特に何もなく夜も家にいた。
28 7時から職域の会合があり9時30分まで聞く。9時40分グレッチ着。今晩は市のパティーにグレッチのバンドがBGMするとの事にて、ドラムが出払っている。10時に帰ってきて直ちに練習開始。リズムの乱れが多い練習だったが、ゴーコンライブの直前にて細かいことは言わず、気持ちよく終了する。12時までフロントが残っていて、サポーターと相談。2時まで飲んで帰宅。
29 日本シリーズは阪神の負けで終了した。1年間楽しませて貰った。完全に負け経過だったので8時から1時間You and Night and Musicの練習をした。9時に負けが決まって10時に串串に出かけた。10人ほどが集まって応援歌を歌っている。これで今年のプロ野球は終わった。と言うより、僕はこれでプロ野球を楽しむのはもう辞めようと思う。ずいぶんと時間をとられるし、自分のプラスになることはない。30年来の阪神ファンも今年を終了の年にしようと思う。オフシーズンの阪神のドタバタを見聞きして気分の良いはずがない。星野監督が辞任したのも必ず裏があり、生え抜きの岡田監督では勝てない。もう意義少ない野球観戦は辞めようと思う。良い1年間だった。串串の大将とシミジミ語って、最後は「おんなの口説き方」論議になった。「爽やかにはっきり口説け」とのこと。
30 出張作業してRC休み。3時に終わって1時間仮眠したら、もうモグの散歩時間。日が短い。たこ焼きを途中買って夕食替わりにした。5時出発、この時間帯は渋滞する。5時40分母を訪ねる。6時Dを尋ねた。8時終了、9時グレッチ。新居浜の練習だが、出番はEstateとWhat a Wanderful Worldの歌番のみ。ベースのH・K嬢が練習を申し込んできた。2年ぶりの復帰だ。嬉しくて3曲やる。復帰する心つもりらしい。楽しみだ。職域のY氏(ベース)も職域音楽会の練習で来店。2曲を無難にこなした。なんとなくハイな気分で、女性達を誉めまくった。「今日は髪型がさらりとしているね。似合ってるよ」なんてやってて、途中まではま〜ま〜だったのだが、うっかり「そのジーパン、お尻が可愛いね」とやって、マイナス300点を貰った。とってもお尻の可愛いと思ったのだが・・・。S氏が12時に来てついつい2時まで飲んだ。
31 連日の飲み過ぎでグロッキー。 なんと7時〜9時Power Pointの使い方 中級編講習会、9時〜11時 酒好ピアノ秘密倶楽部。両方共に忘れていた。大急ぎで酒好ピアノ秘密倶楽部の曲をMichel〜Waveに決めて練習するも、月末にて忙しい。2回練習して良しとした。講習会は9時40分まであり、終了して大急ぎで酒好に向かったが、第一部は終わったところだった。10人くらいと今まででは一番少ない。でも入った瞬間の雰囲気はとても良かった。落ち着いていて、みんなの顔に無理のない作業をし終えた安堵感がある。弾かない人がひとりも居ず、それぞれに演奏を楽しんだ感じだ。取り急ぎ第2部のトップで弾いたが、まず全く音楽をするモードに自分が切り替わらないのに驚いた。テンポもメロディーもイメージが浮かぶのに、ピアノの前に座ってから30秒くらいかかった。その割には演奏はまあまあか。M氏が遅れて夫婦で着いて弾いたが、素晴らしい上達をしていた。ご夫婦と初めてゆっくりとお話しをした。東京に居るF氏も遅れて着いて弾いた。彼も素晴らしく上達した。酒好クラブは間違いなく有効に機能している。そのあと、F氏やI氏の演奏に助言をしていて飲み過ぎた。くどくなってしまった。後悔一杯。マスターと星に願いをデュオした。マスターのハーモニカも良くなった。イン・テンポが出来るようになっている。みんな素晴らしいな。発表する機会を得ると言うことは、かくも大切なことなのだと再認識した。1時帰宅。

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